【新連載】三菱地所設計が語る「ICT潮流のなかで変わりゆく設計の現場」:三菱地所設計が挑戦するICTを活用した次世代の設計手法(1)(1/2 ページ) – BUILT

【新連載】三菱地所設計が語る「ICT潮流のなかで変わりゆく設計の現場」:三菱地所設計が挑戦するICTを活用した次世代の設計手法(1)(1/2 ページ)

本連載では、三菱地所設計の各担当者が、「設計者と発注者の関係」「アナログとデジタルの良い関係」「教育と暗黙知」「外部との協業」のテーマで、BIMをはじめとするICTの利点と活用事例について紹介していく。第1回は、イントロダクションとして、各テーマを紹介しつつ、デジタルテクノロジーが建築の現場に与える変化について考察する。

[三菱地所設計 TOKYO TORCH設計室長 兼 BIM推進室長 松田貢治BUILT]

 国内では、人口減少、自然災害、脱化石燃料、AIやロボット、自動運転をはじめとするデジタル化の進歩など、昭和と平成を通じて都市や建築を規定してきたものが大きく変わろうとしている。高度成長期に日本の人口は毎年100万人も増えていたが、2021年には60万人以上が減ると予測されている。また、自動運転に対応した乗用車が普及すればこれまでの車も激減するだろう。こういった新たな社会課題に対し、建築や都市がどう変わり貢献できるかを考えるべき時期に来ている。

 とくに災害と地球温暖化への対策は急務である。技術的なレベルアップもさることながら、有用な技術や仕組みをどうすれば普及と維持ができるかは新たな社会課題といって良い。さらに、新型コロナウイルスは、国内に目に見えない敵(ウイルス)との闘いを起こし、オフィスの存在や働き方など、人間活動の在り方そのものにも一石を投じた。

 本連載では、こうした変わりゆく社会を踏まえて、「設計者と発注者の関係」「アナログとデジタルの良い関係」「教育と暗黙知」「外部との協業」のそれぞれのテーマに沿って、三菱地所設計の各分野のエキスパートが、BIMをはじめとするICTの利点と活用事例について紹介する。第1回目となる今回は、各テーマに触れつつ、デジタルテクノロジーが建築の現場にどのような変革をもたらすかについて考察する。

設計者と発注者の関係

 一般に、設計者は発注者からの依頼によって仕事を始める。従来は細かい指示を出さなくとも発注者の夢を具現化するのが、良い設計者であり、良い建築家であると考えられてきた。ところが、冒頭に申し上げたように、建築に対する社会の要請が目まぐるしく変化する中、発注者の関与あるいは主導権が強まっている。そんな中でBIMをはじめとするICTが2者の関係にもたらす変化とは何であろうか。

 1つ目の変化として、設計者は発注者へ、より分かりやすい方法で建築物を伝えねばならない場面が増えたことが挙げられる。いまや従前のスペックを守れば良い時代ではなく、「エネルギーの使用の合理化などに関する法律(省エネ法)」、BCPへの対応はもちろん、LEEDといった環境認証取得の検討、あるいは景観協議など、計画時点の検討項目は多岐にわたる。その結果、設計者は発注者と会話しながら判断を仰ぐ機会が増え、より深いコミュニケーションの必要性が高まっている。すなわち、説明責任の重要性が増しているのである。

 しかし今日、仕様やスペックには表れない性能、例えば災害時の避難、都市の超高層建築物がもたらす風環境の変化、光の感じ方などについて、これまでは竣工しない限り、既往の計算や過去の経験、事例、実験によってしか予測が困難だったものが、共有できる時代になった。

 また、BIMを利用した設計では、図面が読めなくても視覚的に空間を認識できるデータのほか、解析ソフトとつなぐことで異業種間でも、ものごとの判断が可能なデータが容易に共有できるようになる。

BIMが設計者にもたらした「分かりやすい方法で建築物を伝え説明する責任の増加」 出典:Pixabay

 2つ目の変化として、建物の発注者にとってはライフサイクルコストの大半を占める維持管理を担う上でその省力化や効率化の重要性が高まったことが挙げられる。例えば、デベロッパーの視点に立って現状を眺めると、建物のプロパティマネジメント(PM)、アセットマネジメント(AM)、ファシリティマネジメント(FM)に必要な、竣工図、総合図、製作図、機器台帳、確認申請図、事前協議書、貸室白図、工事区分表など、多くのドキュメントが、施主の手元やゼネコン、設計事務所などさまざまな場所に、紙やデジタルデータなど、多様な形式で個別に保存されている。こうした状況下で、維持管理者は各ドキュメントを使用するために工夫を凝らしているのだ。

発注者にとってBIMは建物の省力化や効率化の重要性を見つめ直す機会に 出典:Pixabay

 一方で、国交省の建築BIM推進会議では、維持管理分野でのBIM活用が検討されはじめている。こういった状況を考慮すると、運用段階でのBIM活用事例はまだ少ないが、建築に限らず情報化が進んだ社会で、BIMは各デバイスとつながり施設運用に活用される時代が来るはずである。そのために必要な情報をどのように提供すべきなのか、いま設計者に問われている。

将来はBIMが各デバイスとつながり施設運用で活用  出典:Pixabay

三菱地所設計が提唱する「DynamoとExcelを利活用した情報連携のススメ」

→次ページアナログの技術や熟練スキルが不要となる時代は来ない

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【新連載】三菱地所設計が語る「ICT潮流のなかで変わりゆく設計の現場」:三菱地所設計が挑戦するICTを活用した次世代の設計手法(1)(2/2 ページ)

[三菱地所設計 TOKYO TORCH設計室長 兼 BIM推進室長 松田貢治BUILT]

アナログとデジタルの良い関係

 加えて、際限なく増え続ける設計情報、行政協議、関係者間のメールとチャットなど、今日の設計者を取り巻く業務環境は忙(せわ)しない。解決策としてBIMを使えば本当に業務量が減るのか、いや、簡単には減らないだろう。

 前述の通り、設計は漠然としたイメージを具現化してリアルな空間体験につなげる行為である。つまり、いくらデジタルだDXだといっても、アナログ技術や熟練スキルが不要となる時代はやって来ない。ならば、アナログとデジタル(技術)の良い関係を作っていくしかない。

アナログ技術や熟練スキルが不要となる時代はやって来ない 出典:Pixabay

 一例を挙げると、建築、構造、設備の不整合チェック、図面を見ながら数量を拾う積算、リアルタイムの法令確認に瞬時かつ正確にBIMを使うことで、クリエイティブなアナログ業務の時間を創出する方法がある。

 つまり、今後は、デジタルとAIによるサポートで得られた時間を、人間にしかできない創造的時間に回しながら、差別化を図る感性価値が試されていくだろう。一方で、個人の作業はいったんBIM化するとブラックボックス化してしまう懸念があり、(ヒューマンエラーを防止するよりも)エラーの発見が遅れるかもしれない。そのため、常にその内容をチェックし続ける仕組みの構築が大切だ。

デジタルとAIによるサポートで得られた時間を人間にしかできない創造的時間に 出典:Pixabay

教育と暗黙知

 さらに、国内の設計会社では経験が豊富なベテラン設計者がリタイアし、徐々に業界人口が減っていく中で、職能の継承で教育は重要な課題と考えている。そこで課題の解消に有効なのはBIMだ。

 BIMは、属性を持つ情報の集積をデジタル化して編集可能で、さまざまな視点ごとに情報をセグメントに分解して可視化するため、経験の少ない若手や他分野の協働者、ユーザーがBIMを活用することで、ベテランと同じように各事象の意味と全体との関係性を把握し、課題発見と問題解決を加速させられる。これは職能を次世代に継承するためのBIMの効用といえよう。

職能の継承で有効なBIM 出典:Pixabay

 しかし、危惧していることもある。それは、BIMにより、デジタル空間の中で、建築空間や什(じゅう)器のレイアウトはもちろん、光環境といったあらゆる環境が見える化され、実際の建築を疑似体験できることが、「その時点での完成」と錯覚され、設計者が本来有する思考や想像力が停止してしまわないか、ということだ。

 また、手描き教育を受け、入社してからは先輩のスケッチを平行定規で清書し、見よう見まねで詳細図や矩計図を描いていた世代からすれば、BIMを中心としたリアルタイムレンダリングソフトや設備設計ソフトは魔法の機器である。

 しかしながら、(CADにおいても心配なことではあったが)BIMデータは完成度が高い故に、一見パーツ同士が結合しているように見えても、適切に納まっていないといったことが起きる。ましてや、部品メーカーがBIMパーツを供給すればするほど、その結合部は誰がどこまで決めるのか、部品データの詳細度はどうするか、工業製品のように部品メーカーとの連動はできるのか、などの疑問も湧いてくる。

外部との協業

 話は少し脱線するが、もともと建築系の学科出身者で占められてきた設計業界は、多様性に欠けた――言い方を変えれば、閉じられた世界であった。ところが、前述のように社会の情報化が進み、建築にも機能の高度化や情報化が求められ、異分野の企業や技術者との連携やコラボレーションが必要となっている。

異分野の企業や技術者との連携やコラボレーションで中心となるのがBIM

 とくに、シミュレーション分野や映像分野との協業機会は目を見張るほどに増えた。そこでは、建築教育を受けていない専門技術者の知識やデータが飛び交っており、異なるソフトウェア間でデータをやりとりしなければならない。だが、その中心となる技術がBIMだといえよう。

 また、インターネット上にデータを置き、関係者間でデータをやりとりするCDE(共通データ環境)は仕事の進め方を画期的に変えたと同時に、データの管理を行うBIMマネジャーの存在が必須となった。複数の関係者がアクセスできるということは、セキュリティやデータの知的財産権の問題も浮き彫りになっているということでもある。

 ここまでつらつらと述べてしまったが、次回以降は(順不同ではあるが)各テーマにおける当社のチャンピオンユーザーに登場してもらい、各人のチャレンジを紹介していく。加えて、設計が変わることで、われわれのような組織設計事務所がどう変わってゆくのか、未来像も探ってみたいと思う。

国内初!4階建てZEBを実現した三菱電機と三菱地所設計の工夫

著者Profile

松田貢治/Matsuda Koji

三菱地所設計 BIM推進室長(2022年1月現在)。2018年より旧デジタルデザイン推進室長を務め、自身の担当プロジェクトを通じてBIMの利用に従事。2020年より現職となり、社内のBIM啓蒙と普及に努める傍ら、国交省が進めるBIM推進の下、建築設計三会による設計BIMワークフローガイドライン作成にも参画。進行中のTOKYO TORCH設計室長も兼任している。

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