航空産業で高いポテンシャルを秘めるサプライヤーとしての日本企業:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(3)(1/2 ページ) – MONOist

航空産業で高いポテンシャルを秘めるサプライヤーとしての日本企業:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(3)(1/2 ページ)

オランダに育ち、日本ではソニーやフィリップスを経て、現在はデジタル加工サービスを提供する米プロトラブズの日本法人社長を務める今井歩氏。同氏が見る世界の製造業の現在とは? 今回は「航空宇宙産業」に光を当てる。

[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長MONOist]

はじめに

 一口に「航空宇宙産業」と言いますが、「航空産業」と「宇宙産業」というのは全くの別物という気がしています。共通点があるとすれば、開発プロセスの長さと安全性への要求度の高さでしょうか。飛行機もロケットも実験に実験を重ねて何度もテストを繰り返し、全ての記録を残して安全性と効率のバランスを極限まで追い求めます。その厳密さは他分野と比べようがないほどです。

 筆者は子供の頃から飛行機に乗るのが大好きでしたので、どちらかといえば航空産業びいきです。宇宙産業については、衛星通信や地球観測は別として、話題の有人宇宙旅行のような宇宙ビジネスで採算をとるのは至難の業だと考えます。

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利用者80億人の市場へ

 「採算」という意味では、航空産業の方も決して楽ではありません。航空機を作るにしても、運用するにしても利益を出すのがとても難しい状況にあります。昨年(2020年)、国産旅客機の夢を背負って続いていた「三菱スペースジェット(Mitsubishi SpaceJet/旧:MRJ)」の開発プロジェクトが事実上凍結されました。それもこの事業の難しさを物語っているといえるでしょう。

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 航空機開発というのは第二次世界大戦時に活気づき、日本でも零式艦上戦闘機(略称:零戦)をはじめ多くの機種が作られましたが、敗戦によって研究自体が禁じられ、欧米に大きな後れを取ることになりました。そして、朝鮮戦争の頃、米国戦闘機の修理や部品供給をきっかけに国内でも三菱重工業や富士重工業(現:SUBARU)などによる航空機開発が再開しますが、ビジネスとしてはそれほど成功していないような気がします。現在、航空機開発といえば防衛関連を除いて、Airbus(エアバス)やBoeing(ボーイング)などへの部品供給が主なものとなっています。

 ただ、航空機市場自体は今後20年で大きく成長するともいわれています。今業界はコロナ禍によって大打撃を受けていますが、民間の旅客貨物の需要は今後年率4%で伸びて、現在の倍近くになるという予測もあります。現在、世界の航空機利用者は延べ40億人ほどですが、今後は中国国内やアジア太平洋地域の利用者が増加し、80億人を突破するとみられています。


図1 民間航空機に関する市場予測 2020-2039[クリックで拡大] 出所:日本航空機開発協会

国内の航空産業のポテンシャル

 世界の民間航空機市場は、ボーイングとエアバスの2大巨頭が互いにシェアを分け合う構図になっています。一方、国内の航空産業の立ち位置は、そうしたプライムメーカーへのティア1サプライヤーで、機体構造やエンジン部品では三菱重工業、川崎重工業、IHI、SUBARU、装備品ではソニーや三菱電機、小糸製作所、横浜ゴムなどが活躍しています。

 「ボーイング787 ドリームライナー」の軽量化と燃費改善に貢献した東レの炭素繊維「トレカ」の事例などは、サプライヤーとしての日本企業のポテンシャルを示しているように思えます。今後の市場の拡大とともに、部品や装備にさらに高い品質や新技術が求められるようになれば、日本企業にも大きなビジネスチャンスがあるのではないでしょうか。

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航空産業で高いポテンシャルを秘めるサプライヤーとしての日本企業:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(3)(2/2 ページ)

[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長MONOist]

高まる環境意識への課題

 軽量化と燃費改善は今日の航空業界の喫緊の課題です。これは運航コストの低減よりも“環境”の意味合いが大きいといえます。航空機が飛ぶことで排出されるCO2は全世界の排出量の2%ですが、わずか2%とはいえ、そのボリュームは10億t(トン)を超えています。気候変動の影響により環境意識が高まる中、自動車と同じく航空機にもグリーンな性能が求められるようになってきました。

 とはいえ、電動航空機はまだ開発途上の段階です。米国のエアバス、英国のRolls-Royce(ロールス・ロイス)、その他にもさまざまなベンチャー企業が開発に乗り出していますが、実現にはまだ時間がかかりそうです。最大の難関は「電池」ではないでしょうか。一説によれば600人の乗客と貨物を乗せて1万5000km飛行できる「エアバスA380」の燃料をそのままバッテリーに置き換えた場合、その航続距離はわずか1000kmまで落ちてしまうそうです。これは、航空機に搭載される電池の重量が足かせになっているためです。現実的には、まずは4人以下の小型航空機から“電動化”が商業利用されると思います。

 もう1つの方向性は水素航空機です。2020年にエアバスが水素を燃料としたゼロエミッション航空機のコンセプトを発表しました。また、今年(2021年)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募に応える形で川崎重工業も水素航空機向けのコア技術開発を発表しました。水素燃料はジェット燃料に比べて重量は3分の1ほどですが、体積は4倍以上になります。その問題をどうクリアするのかが、コストの問題と並んで難関となるでしょう。また、水素航空機には空港などのインフラ整備も不可欠で、国の後押しも大切です。

 こうした新しい研究課題に対して、産官学一体となった研究チームや仕組みをうまく立ち上げて、ティア1サプライヤーとしての日本メーカーの優位性をさらに堅固なものにしてほしいと筆者は願っています。それがまた国内の中小メーカーにも恩恵をもたらしてくれるのではないかと考えるからです。飛行機の部品点数は自動車の100倍といわれています。自動車1台が2万点の部品でできているとすれば、飛行機1機には200万点の部品が使われているわけです。日本の大手メーカーがエアバスやボーイングの主要サプライヤーとなることで、そうした膨大な部品供給のエコシステムに中小メーカーも参入していけるようになるのではないでしょうか。


図2 航空機(1機)を作るには自動車の約100倍もの部品が必要になる[クリックで拡大] 出所:Proto Labs(プロトラブズ)

活気づくドローン市場

 厳密には航空宇宙産業ではありませんが、“空を飛ぶモノ”という意味でこれから伸び代の大きな市場にドローンがあります。2025年までにドローンの市場規模は現在の倍になるという観測もあり、目が離せない製造分野です。当然ながらドローンは飛行機やロケットと違って初期投資がそれほど必要ないので、中小メーカーでも成功のチャンスがあります。

 ドローン市場の3分の1は軍用で、商用は残りの3分の2です。Amazon.com(アマゾン)やGoogle(グーグル)は無人でドローンを飛ばすためのドッキングステーションやネットワークを開発中だといいます。宅配など物流での活用の他、農業、建築、土木、調査、保守、警備など多彩な領域への応用が考えられます。

領域 活用イメージ
農業 空中からの農薬散布や農作物のモニタリング
土木 測量や空撮画像からの2D/3D地図作成
建築 パイプラインや橋梁などの点検/保守
保安 空中からの警備や山岳地帯などでの人命捜索
災害 災害時の人命救助支援
報道 交通網が遮断された場所での空撮
表1 商用ドローンの適用例

 現在は中国のドローンメーカーであるDJIが7割近い市場シェアを獲得していますが、画像処理やAI(人工知能)、ロボティクスなどを組み合わせてさまざまなサービスを立ち上げることで、日本企業にもまだまだチャンスがあります。

 レオナルド・ダ・ヴィンチが鳥の飛翔に関する研究をしていたことは有名ですが、ライト兄弟が生まれるずっと前から人間は空を見上げては飛ぶことを夢見てきました。飛行機もロケットも、またドローンも、全てはその憧れから始まっているのではないでしょうか。エンジニアや起業家の心に宿るその強い憧れこそが、新しい技術やビジネスを生み出すのだと筆者は思っています。 (次回へ続く

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Profile

今井歩(いまい あゆむ)

オランダの工科大学で機械工学を学び、米国Harvard Business Schoolで経営学を修める。日本ではソニーやフィリップスに勤務し、材料メーカーや精密測定機メーカーの立ち上げにも関わり、現在はデジタル加工サービスを提供する米企業Proto Labs(プロトラブズ)日本法人の社長を務める。

⇒プロトラブズのWebサイト

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