【総括】日本のモノづくり再浮上のために――目指せ、製造業発のクールジャパン:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(5)(1/2 ページ) – MONOist
【総括】日本のモノづくり再浮上のために――目指せ、製造業発のクールジャパン:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(5)(1/2 ページ)
オランダに育ち、日本ではソニーやフィリップスを経て、現在はデジタル加工サービスを提供する米プロトラブズの日本法人社長を務める今井歩氏。同氏が見る世界の製造業の現在とは? 今回は最終回として、これまでの連載内容を総括する。
[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長,MONOist]
はじめに
これまで製造業の主要産業に光を当てながら海外事情や国内の課題などについて語ってきましたが、今回がいよいよ最終回です。
連載第1回「“製造強国”を目指して動き出す世界、日本のモノづくり復興のカギはどこに?」では、製造強国を目指す海外の動きや事業全体をデジタルツイン化しようとする米国の取り組みを紹介しながら、機械ではまねのできない精巧な日本のモノづくりの強みをデジタルの力で生かすべきではないかと問い掛けました。
“製造強国”を目指して動き出す世界、日本のモノづくり復興のカギはどこに?
連載第2回「日本の自動車産業はEV開発で出遅れていても商機を失ったわけではない」では、自動車産業に目を向け、電動化へ大きく舵を切る業界の動向に触れ、こうした大変革の時には脅威と同時に商機も生まれることから、中小メーカーにもビジネスチャンスがあるはずだと述べました。
連載第3回「航空産業で高いポテンシャルを秘めるサプライヤーとしての日本企業」では航空宇宙産業をテーマに、航空機開発の歴史を振り返りながら、Airbus(エアバス)やBoeing(ボーイング)のティア1サプライヤーとして活躍する日本企業の現在の立ち位置を紹介。電動航空機の開発機運の高まりやドローン市場の成長性について触れました。
そして、連載第4回「伸びしろの大きいヘルスケア産業で日本企業はチャンスをつかめるか?」では、医療機器産業を取り上げました。医療系イノベーションの事例を挙げながら、厚生労働省の審査と承認の難しさ、FDA(米国食品医薬品局)との相違、ベンチャー投資に対する日米の感覚の違いなどについて語りました。
これまで展開してきた一連の記事に共通する筆者の思いは「日本の製造業に対する期待と希望」です。昨今、日本の製造業というとデジタル化の遅れやアジア勢との市場競争での苦戦といった話になりがちですが、日本のモノづくりの技と精神は今も健在だと筆者は確信しています。
危機感とスピード
ただ、そこには少々心もとない部分もあります。デジタル化の影響で今、世界では事業の意思決定や施策実行のスピードがどんどん早まっています。その嵐のようなスピードが、日本企業にはまだ足りていないような気がします。
米国のスタートアップやベンチャー企業は手元資金をにらみながら、今日成果を出さなければ明日はないというような“sense of urgency(危機感)”に迫られており、それが製品やサービスの開発のスピードアップにつながっています。最近よく耳にする「アジャイル開発」や「DevOps」といった米国発の開発手法が台頭してきた背景には、そうした危機感が大きく関係しているのではないかと筆者は考えます。
これに対して、日本のモノづくりはどちらかといえば時間をかけて完璧を目指すようなところがあります。また、特に大企業の場合は、人材や資金などのリソースに窮することがほとんどないため、「今月中に何とかしなければ終わってしまう……」といった切迫した事態に陥ることも少ないでしょう。
しかし、これからの製造業は完璧にこだわるだけでは生きていけません。最低限必要なところは押さえながら、後は成り行きで調整するというような“しなやかさ”が求められます。それだけ物事の進行が早くなっているのです。
デジタル化には品質やコストなど、いろいろな焦点があると思いますが、肝心なのは事業の機動力を上げること、つまりスピードアップだと筆者は考えます。
実験から学ぶ
図1 ステンファン・トムキ氏の著書「Experiment Works:The Surprising Power of Business Experiments」。デジタル企業のみならず非デジタルネイティブ企業がいかにしてビジネス実験によって成果を挙げているかを詳述している 出所:Harvard Business Review Press
最近、「Experiment Works:The Surprising Power of Business Experiments」(邦題「Experimentation Works ビジネス実験の驚くべき威力」)という本を興味深く読みました。米国Harvard Business School(HBS)の助教授であるステンファン・トムキ氏が書いた本で、要約すると「ビジネスで先が見通せないときは、経験則に頼るよりも実験から法則を学んだ方がうまくいく」といった論旨です。
ネットショッピングをする人たちは、Webサイトや商品のほんのわずかな違いで購買行動が変わります。ショップの運営者はその違いと売れ行きの因果関係がよく分からないので、何度も実験を重ねて、そこから“一番売れる法則”を導き出します。法則から結果を導く「演繹(えんえき)法」ではなく、結果から法則を導く「帰納法」の考え方です。
モノづくりにこれを当てはめるなら、簡易式の試作を何度も行って機能性やデザインを深めていくプロセスに似ているでしょうか。デジタル技術を用いてモノを作らずに仮想世界の中で試作と実験を行えるようになれば、製品開発のスピードをさらに加速できるかもしれません。
実験をCAEに置き換える、ホンダが外装部品の性能検討にリアルタイム解析を活用
3次元モデルを活用したバーチャル試作で、ロボットの実機試作回数を削減
Experimentation Works ビジネス実験の驚くべき威力
【総括】日本のモノづくり再浮上のために――目指せ、製造業発のクールジャパン:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(5)(2/2 ページ) – MONOist
【総括】日本のモノづくり再浮上のために――目指せ、製造業発のクールジャパン:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(5)(2/2 ページ)
[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長,MONOist]
日本のモノづくりの強み「応用技術の力」
日本のモノづくりの強みとして、筆者が一番強調したいのは「応用研究」や「応用技術」の力です。基礎研究では資金力(図2)でどうしても米国や中国に追い付けませんが、要素技術を組み合わせて新しいモノを作り出すのは日本のお家芸ともいえます。特許庁の調査データを見ると2021年の特許出願件数は日本が米国をしのいでいます(図3)。これは、わが国の応用技術の力を示す1つの数字といえるのではないでしょうか。
図2 主要国の研究開発費推移。研究開発の予算では米国と中国が突出[クリックで拡大] 出所:経済産業省「我が国の産業技術に関する研究開発活動の動向 -主要指標と調査データ-」(2021年11月)
図3 国地域別特許出願件数(2020年)。特許出願件数では日本が他国をしのぐ[クリックで拡大] 出所:特許庁「Facts and Figures on Trends in Intellectual Property 数字で見る知財動向」
国内には応用技術開発を振興する研究機関も数々あり、代表的なところを挙げれば、産業技術総合研究所(AIST)、理化学研究所、物質・材料研究機構(NIMS)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などがあります。これらの組織は予算も比較的潤沢でNEDOが年間約1500億円、AISTと理化学研究所が約1000億円、NIMSが約270億円といわれており、研究者などの人材もそれぞれ数千人規模で抱えています。
米国Harvard University(ハーバード大学)で教壇に立つ未来学者のエイミー・ウェブ氏はその著書「シグナル:未来学者が教える予測の技術」の中で、1997年、秋葉原でインターネットにつながる携帯電話端末を見て未来へのシグナルが聞こえたと書いています。スマートフォン端末は1992年に米国で誕生したといわれていますが、その機能やサービスの在り方を世界に先駆けて示したのはNTTドコモの「iモード」ではなかったでしょうか。そこにはネットワーク、デジタルコンテンツ、携帯電話の融合がありました。いわゆる「ガラパゴスケータイ」の誕生ですが、まさにここには日本独自の応用技術の妙がありました。
もう1つ例として挙げたいのがユニクロの「ヒートテック」です。東レはユニクロから「着心地が良く、暖かい肌着」という依頼を受け、レーヨン、マイクロアクリル、ポリエステル、ポリウレタンという4つの繊維を組み合わせた新しい生地を開発しました。その苦労は尋常ではなかったようですが、努力が実って生まれたのが吸湿発熱、保温性、速乾性、伸縮性を備えた機能肌着「ヒートテック」です。この商品は両社の事業成長に貢献しています。
「クールジャパン」といえば、今はアニメの方が主役になっているようですが、筆者はモノづくりの世界でもう一度クールジャパンを再現したいと思っています。ロボティクス、AI(人工知能)、VR(仮想現実)をはじめ、今、世の中には面白そうな技術があふれています。リスクを恐れない経営者の決断と新しい発想を持った若いエンジニアたちの冒険心が合わされば、“製造業発のクールジャパン”も決して夢ではありません! (連載完)
Profile
今井歩(いまい あゆむ)
オランダの工科大学で機械工学を学び、米国Harvard Business Schoolで経営学を修める。日本ではソニーやフィリップスに勤務し、材料メーカーや精密測定機メーカーの立ち上げにも関わり、現在はデジタル加工サービスを提供する米企業Proto Labs(プロトラブズ)日本法人の社長を務める。