【日本列島BIM改革論:第3回】日本のBIMの危機構造とは何か?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(3)(1/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第3回】日本のBIMの危機構造とは何か?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(3)(1/3 ページ)
「日本列島BIM改革論」の連載第3回では、「日本の建設業界の危機構造」について説明する。危機構造の根源となっている「日本型BIM」を脱却し、BIMを建設DXの情報基盤となるように再構築してゆく、地道な段階を踏む選択をすることこそが、今の日本の建設業界にとって必要不可欠な意義であることを説く。
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
建設DXとBIMの関係について
連載第1回では、建設DXについて言及した。「建設DX」とは、BIMやICT、IoTをはじめとするデジタル技術を建設業界に採り入れて活用することだが、今回は建設DXとBIMの関係について、改めて考えてみたい。
建設DXとBIMの相関関係は、3つのパターンに分類される。「パターンA」は、BIMと建設DXは、関連性は無いと考えている企業が相当する。現状は、このように捉えている企業が大多数を占める。BIMを導入することに行き詰まり、建設DXという新しい概念にすり替えていることもあるだろう。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~』
日本の建設業界を取り巻く諸問題をICTで解決するためには、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、その建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
「パターンB」は、BIMに取り組んでいるものの、建設DXの1つと位置付けているケース。しかし、他のDXの項目とは関係を持たせず、BIMは単なる1項目にすぎない。BIMによる成果がなかなか表れないために、他の項目の順番を繰り上げ、目先の効果の方を優先させている場合もある。
「パターンC」は、BIMの情報を“建設DXの情報基盤”とするものである。BIMをプロセスとして捉え、そこで蓄えられた情報をもとに、建設DXまでつないでゆこうとするものである。現状では、BIMはツールとして、やっと実務に使える状態になってきた段階で、プロセス構築はこれからのため、そこまで実現できている企業は皆無だが、BIMから建設DXへと至る道のりは本来目指すべきベクトルなのである。
BIMとDXの関係についての考察
A/Bのパターンでは、建設DXは単独の技術として開発されたものを、便利に活用すれさえすれば良いので、従来のプロセスを変える必要はない。そのため、導入し易く、目先の効果も出やすい。しかし、開発された時点では、便利な機能として活用できるが、各社で個別に開発された機能は、技術の進化に伴い、毎年のメンテナンスや機能強化や改善が必要となり、維持することが難しくなってゆくと予想される。仮に、こうした技術を、企業を越えたオープンな機能として公開しようとしても、プロセスや情報基盤の違いがネックとなって、容易にはいかない。
A/BパターンのDXと設計・施工プロセス
ここからはCパターンの「DXの情報基盤」について解説を加える。例えば、ISO 19650のタイトルにも、「BIMを含む建築及び土木工事に関する情報の統合及びデジタル化※1」とあるように、BIMとは設計・施工・維持管理運用情報の統合及びデジタル化を目指すものに他ならない。統合及びデジタル化された情報は、何のために活用されるかというと、建設DXで活用することもその1つだ。そういった意味で、BIMはDXの情報基盤に成り得る。
ただ、現状の日本のBIMは、設計・施工ためのツールという位置付けなので、情報の作り方から変えてゆかねばならない。
BIMによる「DXの情報基盤」によって、建設DXの各項目は、設計・施工・維持管理運用のプロセスと連携する。また、DXの情報基盤を通して、建設DXの各項目も結び付く。こういった統合化されたシステムが完成すれば、情報の二重化や欠落を防ぎ、建設DXの可能性をさらに広げることができる。
※1 ISO 19650-2邦訳タイトル「ビルディング情報モデリング(BIM)を含む建築及び土木工事に関する情報の統合及びデジタル化-ビルディング情報モデリングを使用する情報マネジメント-第2部:資産のデリバリーフェーズ」による
CパターンのDXと設計・施工プロセス
【日本列島BIM改革論:第3回】日本のBIMの危機構造とは何か?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(3)(2/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第3回】日本のBIMの危機構造とは何か?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(3)(2/3 ページ)
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
理想的な建設DXの構造
Cパターンをベースにして、理想的な「建設DXの構造」を考察してみる。まず、基盤となるのが、ツールとしてのBIMである。ツールとしてのBIMとは、設計を行う際に、AutoCADなどの2次元CADから脱し、完全にRevitなどのBIMソフトを使いこなして、3Dモデルから図面を作るフローが確立てきているかということである。
次に、プロセスとしてのBIMを構築する必要がある。ツールとしてのBIMは、従来の2次元CADのプロセスではメリットが得られない。ISO 19650で示されている設計・施工の業務全般に対して、BIMを使用する情報マネジメント※2ができなければならない。
さらに、BIMの情報をDXの情報基盤として連携させる仕組みを考えなくてはならない。そのうえで、建設DXの技術が生きてくる。取り組みの流れとしては、この順番でなくても構わないが、こうした理想の構造を目指して、各段階の整備を進めてゆくことが不可欠なのである。
※2 BIMを使用する情報マネジメントとは、例えば、ISO 19650による「ビルディング情報モデリングを使用する情報マネジメント」のことを指す
理想的な建設DXの構造
日本の現状では、ツールとしてのBIMは依然として課題は残るものの、徐々にではあるが確立してきている。プロセスとしてのBIMに関しては、これから取り組もうとする段階にあり、情報基盤にまでは考えが及んでいない。一方で建設DXは、日本の多くの企業が多額の投資を行っており、海外と比べてもかなり進んでいるといえるだろう。
日本の建設業界の危機構造
前回も触れたが、海外では、英国でのBIM成熟度レベルで示すように、「レベル1(BIMツール)」「レベル2(BIMプロセス)」「レベル3(情報基盤と建設DX)」という形で、明確に成長過程を示している。英国では現在、レベル2に既に入っていて、次段階のレベル3も始まっている。
英国でのBIMの成熟度レベル
しかし、多くの日本企業では、地道にレベルを上げることをせず、レベル3にあたるDXへの期待のみが膨らみ、今の2次元CADをベースにしたプロセスのままで、便利なツールを活用することに走っているようにみえる。これが、BIM情報と連携しないA/BパターンのDXであり、現時点では便利に使えていたとしても、将来性や拡張性、継続性などでつまずくことは想像に難くない。
なぜ、このような状況になってしまったのかを再考してみよう。要因の1つに、BIMソフトの導入による効果が実感できないことがある。なぜかといえば、BIMソフトの導入が2次元CADと同様に、単にツールの入れ替えだと誤認し、導入をしたけれどもなかなか成果を出せないといった企業が多いからではないか。
本来、RevitなどのBIMソフトは、導入した翌日から、すぐに活用できるようなものではない。その業務に合わせた初期設定のカスタマイズ(テンプレート)や部品(ファミリ)の準備、プロセスに合わせたモデルと情報の詳細レベル(LOD)、他の部門との連携方法(意匠であれば、構造・設備との連携方法)、作成したモデルの活用方法などをあらかじめ用意しておかねばならない。そして、それをもとにした業務プロセスにより、業務基準を改訂し、それぞれの役割によって必要なスキルを習得するために、社員教育も欠かせない。こういった仕組みで作成されたBIMモデルこそが、“再利用可能な価値のあるモデル”であり、2次元CADの後追いで干渉チェックなどのために、2次元CADで作成した図面をもとに作成された形だけの単なるモデルとは全く異なる。
こう考えると、BIMというものが、「とても複雑で、実現が難しい」と思われるかもしれない。しかし、仕組みさえ作り、設計作業の一部として定着させてしまうことができれば、難しい作業ではなくなり、作業効率は上がり、価値ある情報が手に入るようになる。
このように、BIMを設計・施工のツールとして導入を進めた結果、期待した成果を出せずに次第に疲弊してゆき、矛先を変えて、建設DXという新しい概念に飛びついている現状が、日本の建設業界の危機構造ではないか。
→次ページなぜ日本の建設業界に危機構造が生まれたか、英国との比較から分析
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[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
日本の建設業界に危機構造をもたらした理由
なぜ、このような事態を招いたのを推察してみた。そのヒントが、2011年に発行された英国のBIM実施戦略レポートに記載されている。
A report for the Government Construction Client Group Building Information Modelling (BIM) Working Party Strategy Paper(2011)
レポートのAppendix 19の中で、BIM(M)とは何かが示されている。
「BIM(M)とは、プロジェクト全体の情報収集と活用に対する管理されたアプローチである。その中心は、資産の設計、建設、運用に関する全ての構造化情報と表形式の情報を含むコンピュータ生成のモデルである」また、BIM(M)とは、Building Information Modelling & Managementのことを指している。
さらに2012年に発行された、「ISO/TS 12911:2012 Framework for building information modelling (BIM) guidance」では、BIMを2つの意味で定義している。「Building Information Model」と、「Building Information Modelling」である。
Building Information Modelとは、「建物、橋、道路、プラントなど、あらゆる建築物の物理的・機能的特性を共有するためにデジタル表現したもの」であり、Building Information Modellingは、「複数のインプットとアウトプットを調整するために、施設やプロジェクトに関連する情報を管理するプロセス」としている。つまり、英国では、2012年の時点では既に、ツールとしてのBIMと、プロセスとしてのBIMが定義された上で、情報を作成・管理するプロセスとしてBIMに取り組んできたことを意味する。
このようなことから、日本と英国で、BIMが違う意味で解釈され、発展してきたのではないだろうか。英国では、プロセスを構築し、情報を作成・管理そして活用するためのBIMを目標として取り組み、一方、日本では、設計・施工の3次元ツールとして、いかに便利に活用するかを主体に向き合ってきたのである。
実は私自身も、長年BIMに取り組んできたが、当初はRevitなどのBIMソフトをツールとして、いかに実務で便利に活用できるかに注力し、プロセスは後から付いてくるぐらいの安易な気持ちだったように思う。ISO 19650を読み解くようになって初めて、なぜプロセスが重要なのかを思案する過程で、この間違いに気が付くことができた。
「日本型BIM」の問題点
BIMをツールとすることを仮に、「日本型BIM」と呼ぼう。日本型BIMは、設計・施工のための便利な3次元ツールであればいい。
だから、2次元CADの図面を後追いで、3次元化した干渉チェック用のモデルであっても、BIMモデルと位置付けられている。情報としての活用を考えていないため、UniclassやomniclassのようなClassificationもあまり必要としない。このような状態では、竣工後の維持管理運用につなげることは難しい。そのため、このモデルでは建設DXの情報基盤にはなり得ない。
海外のようにプロセスを変えようとせず、BIMツールとしての利便性を求めた結果、フロントローディングなどのメリットは発揮できず、BIMソフトのスキルの高い者は、2次元よりも便利で早いという利点は得られるが、大多数の者はスキルが足りず、2次元よりも時間がかかるという本末転倒な結果に終わってしまう。
あるべきプロセスを描き、ツールとしてのBIMソフトの役割を明確にしているのであれば、決められたプロセスで作業することが要求され、そのために必要なスキルを得るのは当たり前のことであるはずだ。
2009年はBIM元年とされたが、既にそれから13年が経過し、BIMツールとしては進化した部分もあるが、業界全体では、普及が思うほど進んでいない状況にあることは否めない。しかし、BIMを単なるツールと考える限り、大きな進歩はなく、海外との格差は開いていくだろう。
BIMを情報基盤として構築し、その先につながる建設DXまでに至るために何を為すべきか、いま一度考える時期に来ている。
著者Profile
伊藤 久晴/Hisaharu Ito
BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。
近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。