【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(1/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(1/3 ページ)
これまで「日本列島BIM改革論」の連載では、日本のBIMの危機構造とは何かについて述べてきた。危機構造から脱却し、建設DXへ向かうには、情報基盤としてのBIMが必要となる。しかし、日本で作られるBIMモデルは、情報基盤としての構造化データとはいえないばかりか、竣工後には使い捨てられ、再利用されることは少ない。そこで、BIMモデルを構造化データとするためには、何をすべきかを考えてみよう。
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
構造化データと非構造化データ
連載第2回で、「構造化データ」と「非構造化データ」について解説した。そのなかで、建物の設計・施工の情報は、BIMモデルなどの構造化データと、図面・書類・写真・パース・ビデオなどの非構造化データの2つに分類され、両方を合わせると設計・施工に必要な全情報が網羅されるとした。
これまで述べてきたように、「BIMとは情報を作成・管理する“プロセス”」である。そのため、設計・施工に必要となる非構造化データを作成することも、BIMというプロセスの範囲に含まれる。下図でいえば、2のように、BIMソフトを利用して作ったかどうかに関係なく、情報(構造化データと非構造化データ)の全てを対象に、プロセスを考える必要がある。
設計・施工でのBIMの範囲についての2つの考え方
日本では、意匠・構造などはBIMソフトウェアを使った設計が進みつつあるが、設備や見積については遅れている。だが、設備や見積がBIMソフトを使ったり、連携したりしていなくても、共通データ環境を使った情報の受け渡しやレビュー・承認といった情報デリバリーのサイクルを組むことは可能である。そのため、BIMソフトを直接使用しない業務でも、情報デリバリーのサイクルに組み込むことで、BIMというプロセスに対応することは可能であると考えてよい。
しかし、連載第3回で触れたように、BIMがDXの情報基盤に成り得るとするならば、設備が2次元CADで設計し、非構造化データを作っていることは好ましくない。なぜなら、DXの情報基盤は、“データベース”に連携することのできる構造化データでなければならないからだ。
では、現在、日本の設計・施工で作られているBIMモデルは、DXの情報基盤となる構造化データといえるだろうか?RevitなどのBIMソフトは、構造化データを作れる機能を持ってはいるが、情報基盤としては十分とはいえない。
そこで今回は、DXの情報基盤となるBIMによる構造化データについて考えてみたい。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~』
日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
構造化データとしてのBIMモデル
ISO 19650-1では、「4 資産及びプロジェクトの情報、展望及び協働作業」の原則説明のなかで、「AIM(資産情報モデル)及びPIM(プロジェクト情報モデル)には、構造化された及び構造化されてない情報を含めることができる」と規定している。さらに、「構造化された情報」としては、BIMモデルや工程・データベースを挙げている(本稿では「構造化された情報」を「構造化データ」と呼称)。
一般的に構造化データとは、ExcelやCSVファイルに代表される「列」と「行」の概念を持つデータのことを指す。「構造化」されているので、検索、集計、比較などが容易(たやす)く、データの解析や分析に適したデータ構造のため、データベースと連携できる。例えば、RevitなどのBIMソフトであれば、BIMモデルに入れた情報を、構造化データとして、Excelやデータベースなどに出力できる。ある意味でRevitなどのBIMソフトは、情報を管理する機能でデータベースと同様の構造を有しているので、そのまま構造化データとして、他のデータベースなどへの連携が容易である。
一方で、ISO 196560-1では「構造化されてない情報」については、文書・ビデオ・録音・サンプルなどに加えて、2次元CADデータも非構造化データとしている(本稿では「構造化されていない情報」を「非構造化データ」と呼称)。
非構造化データは、そのままではデータベースとの連携ができないため、検索や集計・解析には向かない。現状では、建物の情報は、まだまだ非構造化データの方が大部分を占める。こうした非構造化データも、BIMプロセスのなかでは、共通データ環境で情報の受け渡しやレビュー/承認保管(情報デリバリーのサイクル)をしなければならない。
また、ISOで工程(スケジュール)が、構造化データと見なされているのは興味深い。おそらく海外では、工程情報を構造化データとして連携できる工程管理ソフトを使っているためであろう。日本でも、同様のことができる工程管理ソフトが主流となり、BIMの4D(時間軸)の対応が進むことを期待したい。
構造化データ活用の取り組みでは、「COBie(Construction Operations Building information exchange)」というデータフォーマットがある。COBieは、BIMモデルをもとに、竣工後の維持管理運用でもデータを活用するため、引き渡す際に用いられる。既に英国ではかなり普及しており、実際に維持管理運用のために発注者が提供を要求している。
Revitであれば、Autodeskから提供されているアドイン「Autodesk BIM Interoperability Tools」の「COBie Extension」により、Excel形式でCOBieデータを直接書き出せる。Excel形式なので、内容を確認するのも難しくはなく、後で書き足すこともできる。出力したCOBieデータは、維持管理運用ソフトで読み込むことで、BIMモデルと情報連携する仕組みだ。
COBieを使った維持管理運用へのデータ連携のイメージ
上図の設計の中にあるコンポーネントがBIMモデルのオブジェクト(部材)にあたり、タイプがその仕様を示している。Uniclassは、このコンポーネントや仕様を特定する目的で使われている。データベースに連携させてFMシステムなどで運用するには、曖昧な言葉では識別できない。そのために分類コードによって、データベース側でのコンポーネントと仕様の識別を助けている。COBieは一例ではあるが、BIMモデルの情報をFMシステムなどに応用できる仕組みを持っているかどうかが、構造化データとしての要件となるだろう。
【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(2/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(2/3 ページ)
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
なぜBIMデータを使い捨てにしてしまうのか
日本では、BIMデータは設計・施工を目的として作られており、竣工後のデータ活用までは意図していない。設計・施工のためだけにBIMモデルを作り、その先の維持管理運用の連携やDXの情報基盤という考えが始めから頭にないので、Uniclassなどの分類コードやCOBieのための情報を、BIMモデルに入れる必要性が生じない。竣工後に、設計・施工のために作ったBIMデータに、必要なデータを追加するだけで、維持管理運用のためのデータになると安直に考えている。現実には、それではうまくいくはずもなく、データの追加のために、作り直した方が早いと思えるほどの作業量になったとの話も聞く。
本来は、設計作業を行う前の事業計画の段階で、発注者が建物の運用をどのようにするのかを決めておくべきだ。維持管理運用のためにFMシステムを用いるのであれば、あらかじめ、どのシステムを使い、維持管理運用ではどのようなことを行うかを決め、BIMモデルとの連携手法も確立したうえで、設計・施工に入るべきである。設計・施工段階では、維持管理運用までの連携を当初から意識したモデル作成のルールに基づき、BIMモデルを作成し、適切に情報を入力する。これが、DXの情報基盤となるBIMモデルのあるべき作成方法となる。
Uniclassなど分類コードの入力も、連携するシステムによっては必要になってくる。逆に、何に使うかがはっきりしない情報をモデルにただ詰め込むのでは、時間の無駄になってしまう。例えば、「取りあえず、Uniclassなどの分類コードを入れておけば何とかなる」という甘い考えは、設計や施工の生産性を落とすことにしかならない。
さらに、日本では、竣工後の運用段階での活用を考慮しないだけでなく、新たに作成する他物件でのBIMモデルの再利用も意識されていない。過去の物件のBIMデータを利用しようとしても、日本には建設産業の共通ルールとなる「BIM標準」がないために、企業間でBIMデータの再利用はできない。
また、同じ企業内でも、BIMモデルの管理が十分ではないので、作成者によってモデルの作成方法が異なる場合もあり、仮に似たような物件を見つけても、再利用するよりは、作り直した方がよいという結果に終わることが多い。そもそも、過去のBIMモデルの保管方法も決まっておらず、検索システムも作られてないので、似たような物件を見つけることさえ難しい。そのため、過去に作成したBIMモデルは使い捨てられ、新しい物件の度に、イチからBIMモデルを作っているのが実態である。手間を掛けて作成した貴重なBIMモデルが、運用段階でも、他の物件でも利用されることなく、ホコリをかぶっている。もし、埋もれてしまっているBIMモデルの活用ができるようになるなら、生産性は飛躍的に向上するであろう。こうした課題も、日本の建設業界の危機構造の1つといえる。
使い捨てBIMデータからの脱却を図ろう Photo by Microsoft 365 クリエイティブコンテンツ
使い捨てのBIMデータから脱却し、DX情報基盤と成り得る構造化データを目指すために、何がなすべきだろうか?その答えは、「最も地道に、基本的なところから始める」。つまり、「日本の建設業界で共通して使えるBIM標準」を作るところから、まず着手しなければならない。BIM標準とは、Revitでいえば、モデルや図面作成などのルールを定めたテンプレートや部品(ファミリ)規格のことを意味する。
共通のBIM標準を策定すれば、先ほど述べた運用フェーズでのBIM活用を意図したFMシステムとの連携の仕組みを構築することもできるし、COBieやUniclassなどの分類コードなどの必要性も、検討する機会が生まれる。
では、この「日本の建設業界で共通して使えるBIM標準」とはどのようなものなのか、少し考えてみよう。
【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(3/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第4回】DXの情報基盤となる“構造化データ”がなぜ必須なのか?:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(4)(3/3 ページ)
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
BIM標準があれば何が可能になるのか
RevitなどのBIMソフトは、ソフトを購入しただけでは実務に活用することはできない。自社の業務にあったBIMのプロセスを考え、それをもとにプロジェクトテンプレートを作り、ファミリ(部品)をそろえておかなければ仕事にならない。
そこで、事前に環境を整備をする必要があるが、その整備はそれぞれの企業で独自に取り組んでいる。ソフトウェアメーカーやユーザーグループなどから、ベースになる物や考え方は提供されているが、参考になっても、実務で活用するためには、企業ごとにカスタマイズされたルールで再整備をしなくては使い物にならない。大企業であれば、こうした整備に割く体力があるが、小規模の設計事務所では自社では極めてハードルが高い。従って、大企業が整備したBIM標準によって、その協力企業としてBIMに取り組むことが現実的となるが、他の企業の仕事を受けようとしても、企業ごとに異なるBIM標準が存在するので、各社別に担当者を置かねばならず、一向に効率は改善されない。
各社が整備する必要のあるBIM標準とは、Revitでいえば、BIM規格に準じたモデルや図面を作成するときの下地となるプロジェクトテンプレートと、ファミリ規格に基づいて整備されたファミリ(部品)などのこと。下図のように、業務を効率化するために開発されるアドインツールも、BIM標準とは関係が深い。
企業間で共通化されていないBIM標準の現状
大企業では、多くの費用と労力を投じて、BIM標準化の整備を進めているが、自社のために、ファミリやテンプレート、アドインツールなどができたとしても、ソフトのバージョンアップに合わせて、改良してゆかねばならず、いずれはBIM標準自体の維持が難しくなる。
ISO 19650が目指す、設計・施工・運用の情報統合とデジタル化
最初に述べたように、「BIMとは情報を作成・管理する"プロセス"」であるので、構造化データとはいえないBIMモデルや2次元CADなどの非構造化データであっても、設計・施工のプロセスを作ること自体は可能である。
ただ、それは1つの過程であって、全てのデータでDXの情報基盤と成る“構造化データ”を目指さねばならない。そのためには、まず、企業の枠を超えた業界共通のBIM標準を作ってゆくことが欠かせない。
これが、ISO 19650の本質である。ISO 19650のタイトルは「BIMを含む建築及び土木工事に関する情報の統合及びデジタル化」で、設計・施工・運用の情報を統合し、デジタル化することを明示している。この根底にある思想こそが、BIMが建設DXの情報基盤と成り得ると思い至った理由に他ならない。
今回は、日本で作られるBIMデータが建設DXの情報基盤としての構造化データではなく、設計・施工の業務が終わった後に、使い捨てされているという現状と、そこから脱皮するために、共通のBIM標準を作るところから始めなければならないということを述べた。
第5回となる次回は、BIM標準を一歩前進させ、共通のBIM標準を作るために取り組むべきこととは何か、私見を展開してみたい。
著者Profile
伊藤 久晴/Hisaharu Ito
BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。
近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。