【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(1/4 ページ) – BUILT

【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(1/4 ページ)

建設費や工期の削減には、フロントローディングが必須となる。しかし、フロントローディングはBIMソフトを単にツールとして使うだけでは、到底実現できない。では何が必要かと言えば、発注者が自ら情報要求事項のマネジメントを行い、設計変更を起こさない仕組みを作り、意思決定を早期に企図しなければならない。これこそがBIMによる建設生産プロセス全体の改革につながる。今回は、現状の課題を確認したうえで、情報要求事項とそのマネジメント、設計段階でのバーチャルハンドオーバー(VHO)によるデジタルツインによる設計・施工などを解説し、発注者を含めたプロジェクトメンバー全体でどのように実現してゆくかを示したい。

[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]

 後編ではまず、ステークスホルダー全体の発注組織がマネジメントする情報要求事項とはどのようなものかについて、ISO 19650-1を参照しながら解説してゆく。

ISO 9001の顧客要求事項

 ISO 19650の情報要求事項に触れる前に、ISO 9001の顧客要求事項について再確認したい。要求事項とは、「明示されているか、通常暗黙のうちに了解されている、または義務として要求されているニーズや期待」。そして、顧客要求事項とは、「製品あるいはサービスに関する顧客の要求事項」である。ISO 9001の目的は、「顧客の要求する製品、サービス(顧客要求事項)」を提供することで、「顧客に満足してもらう事(顧客満足)を目指すこと」。建物において、設計では設計内容、施工では建築物、運用では維持管理運用サービスなどにあたり、これに対し顧客に満足してもらうことが重要である。


ISO 9001 PDCAサイクルを使った規格の構造説明

 ISO 19650では、顧客要求事項ではなく、発注組織による情報要求事項という言葉で表されている。ISO 9001も顧客重視の観点で作られた規格だが、それに取り組む企業を中心とした品質マネジメント規格であるため、ISO 19650とは少し性質が異なるが、顧客の要求する事項(情報要求事項)に対し、顧客の満足する製品やサービスを提供するという目的は同じだ。大きな違いは、ISO 19650は、建物を作る発注者のために、多くの企業がそれぞれ異なる役割を果たす複雑な企業の集合体による仕組みであることと、BIMという建設業界の新しい仕組みを、この集合体に適応させようという点にある。

 この表を建設業界向けに、ISO 19650の概念を少し入れると下図のようになる。左側の顧客要求事項は、「密接に関係する利害関係者のニーズ及び期待」という内容も踏まえて、「情報要求事項のマネジメント」となる。また、設計・施工における情報マネジメントも、結局はPDCAのプロセスなので、それに合わせて記載してみた。ただ、ここで少し違うのは、建設業界は設計が終わったら施工へ、施工が終わったら運用維持管理へと情報が渡され、活動が継続されてゆくので、PDCAは最終的に次工程のプランに受け継がれる形とした。


建物の情報マネジメントプロセスにおけるPDCA

→次ページISO 19650の情報要求事項

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【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(2/4 ページ)

[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション)BUILT]

ISO 19650の「情報要求事項」とは?

 次に、ISO 19650の情報要求事項について説明する。情報要求事項は、ISO 19650-1で、下記のように記載されている。

発注組織は、組織又はプロジェクトの目的をサポートするために、資産やプロジェクトに関してどんな情報が要求されるかを理解することが望ましい。これらの要求事項は、自身の組織内または利害関係のある外部関係者から生じる。発注組織は、これらの要求事項を、自らの仕事を指定または通知するために、それらを知っていなければならない他の組織と個人に表現できることが求められる。

 また、発注組織が情報成果物を要求する目的にも記載があり、目的としては下記の内容が含まれるとしている。


発注組織が情報成果物を要求する目的

 こうした内容は、建物の設計・施工についての情報成果物ではなく、建物を運用するために必要となる情報だ。このように書かれている理由は、「発注者は建物を作るために作るのではなく、建物は使うために作る」ためである。

 つまり、何のために建物を作るかを想定した上で、どうやって建物を使うかを示し、そのためにどのような建物を作るのかの順番で情報要求事項を考えるというのが、ISO 19650の基本的な方針といえる。ISO 19650と同様の思考することで、発注組織の情報要求事項が明確になり、それを実現することで顧客満足度につながる。これは一見すると、当たり前のことのように思えるが、日本では現実にはなかなかできない。


3つの情報要求事項

 情報要求事項の関係性は下図のような相互関係となる。「何のために建物を作るか」という「組織の情報要求事項:OIR」は、建物をどのように使うかという「資産情報要求事項:AIR」と関連性が深い。より具体的な内容を示すという意味で、ISO 19650では「カプセル化」という表現を用いている。建物を作る上での情報要求事項「プロジェクト情報要求事項:PIR」は、OIRをもとに、設計・施工の諸条件(工期・コスト・仕様・品質・デザインなどの要求)を加味して作成される。


情報要求事項の関係性

 情報要求事項は、BIM先進国の英国では、数多くの項目が挙げられると聞いている。考えられるだけ全ての要求事項をここでリストアップしておくことが、要求を明確にすることになり、結果的に設計変更を減らし、満足度の高い建物を作り、建物利用者の供用に資するからである。さらに、情報要求事項自体は、設計事務所やゼネコンとの契約書の一部となる。

→次ページ鳥取県のゼネコンとの設計BIMプロセス改革の共同研究

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【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(3/4 ページ)

[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション)BUILT]

美保テクノスとの「ISO 19650を用いた設計BIMプロセス改革」の共同研究

 筆者は鳥取県のゼネコン・美保テクノスと、2022年4~9月に「ISO19650を用いた設計BIMプロセス改革」の共同研究を行った。ちょうど本社ビルを建てるタイミングだったので、実物件で、発注者の立場から、要求事項を作成していただいた。共同実験としての取り組みなので、情報要求事項の数としては不足しているが、これまで建物に対する要求事項が文書化されておらず、曖昧になっていたことが明確になり、これだけでも手戻りが減るという意見を頂戴した。

 下記表では、設計者の立場で、BIM実行計画として入れるべき、要求事項に対する設計各チームの対応方針まで記載してもらっているので、誰がどのような形で要求事項を実現するかということまで、明確化できている。完全なものではないが、情報要求事項のマネジメントの1つの実例となっている。

 情報要求事項は、発注者がマネジメントするが、ゼネコンや設計事務所側が整理を行い、設計・施工の前に、発注者に確認や承認をもらって作業を進めるだけでも、改善の糸口になるだろう。


実物件で作成した情報要求事項とその対応 出典:美保テクノスが作成した資料

なぜ日本では「情報交換要求事項」ではなく、「発注者情報要件」なのか?

 ここからは、「情報交換要求事項(EIR:Exchange Information Requirements)」について触れていく。

 日本では、EIRを「発注者情報要件(Employer's Information Requirements)」と説明している。なぜ、情報交換要求事項ではなく、発注者情報要件なのかというのも、日本国内のBIMの現状に起因する。日本では、発注者が竣工後の運用段階を見据えたBIMモデルを要求することがほとんどない。なぜなら、BIMモデルを用いた竣工後の運用方法が定着していないためだ。

 もし、発注者が、竣工後の運用(維持管理を含む)のために、指定の形状と属性情報を持ったBIMモデルを要求したとしよう。そのBIMモデルを竣工時に後追いでBIMモデルだけを作っても、時間や費用が無駄になるので、設計・施工の段階で、BIMのソフト・バージョン・テンプレートなどから、レビュー・承認・納品方法などまでを指定するようになる。これが、ISO 19650による情報交換要求事項(EIR:Exchange Information Requirements)というものである。

 情報交換要求事項には、これまで説明した情報要求事項も含まれるが、発注者がBIMモデルを要求するための情報交換方法を私は「BIM標準」と定義している。BIM標準については、次回以降で詳しく採り上げる。


情報交換要求事項(EIR)

 日本のEIR(発注者情報要件)は、竣工後の運用のためのBIMモデルを要求しない段階の発注者の要求事項であり、ISO 19650のEIR(情報交換要求事項)は、設計・施工の成果物としてのBIMモデル(=PIM)を、竣工後の運用のためのBIMモデル(=AIM)にも活用するという段階の違いを示している。

 情報交換要求事項とPIM/AIMとの関係性を示したのが下図となる。設計・施工段階の最終成果物(竣工モデル)として、プロジェクト情報モデル(PIM)を作り、PIMをベースに運用段階で利用される資産情報モデル(AIM)を作成し、AIMによる建物運用は解体まで継続される。


情報交換要求事項とPIM・AIMとの関係性

 現状を考えると、EIRは設計・施工だけを対象とした発注者情報要件と考えても致し方ない。設計・施工のBIMモデルが運用(維持管理を含む)にまでつながっていないためだ。

 設計・施工と運用のBIMがつながり、本来あるべき“一気通貫BIM”が見えてきたとき、EIRはISO 19650が示す情報交換要求事項とならなければならない。ISO 19650は、設計・施工のBIMプロセスのみを規格化したものではない。その本質は、竣工後の運用段階や情報セキュリティ、現場・建物の安全性も含む一気通貫BIMと、そこで統合・デジタル化された情報の活用を目指すものである。

 残念ながら、日本のBIMは、概念的にもその域に達していないので、EIRは設計・施工フェーズのみを範疇(はんちゅう)とした発注者情報要件にとどまっている。

→次ページBIMでコストと工期を削減するには?

【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(4/4 ページ) – BUILT

【日本列島BIM改革論:第6回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(後編)―ISO 19650-1にみる情報要求事項の在り方: 日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(6)(4/4 ページ)

[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション)BUILT]

早期のVHO実現でコストと工期が削減可能に

 まとめとして、情報要求事項のマネジメントなどをベースに、発注者が企図するフロントローディングによる「建設のコストダウン」と「工期の短縮」についても論を進めてみたい。BIMを技術的な側面のツールとして捉えたなら、むしろ建設費も工期も減るどころか増える可能性もある。

 建設費や工期を改善するには、設計変更をなくすことがよいのは誰もが理解している。設計変更が建設業界の長時間労働を生む原因でもある。しかし、2次元CADによる紙ベースでの従来プロセスでは、設計変更をなくすことはできないのも皆知っている。

 では、設計変更を解消するために、BIMの技術を生かし、発注組織・設計事務所・ゼネコン・協力企業・メーカーなどが一体になって、プロセスを変えることはできないだろうか?発注者自身が先頭に立ってプランニングできれば、実現可能なのではと思う。

 その第一歩が、設計変更を減らすために、発注組織が情報要求事項のマネジメントを行い、設計変更を極力減らし、早期にバーチャルハンドオーバー(VHO)を実現することになる。これができるだけでも、これまで追加変更に追従するための人工数や予備費といった無駄が減り、材料のリードタイムも十分に確保できる。これがフロントローディングの効果である。

 次の段階では、フロントローディングの体制ができたうえで、VHOの情報をもとに、プレファブ化やDfMAなどの手法により、「オフサイトコンストラクション」を進めてゆく。現場での作業が少なくなれば、天候に影響されにくくなり、品質や現場での安全性も高まってゆく。


BIMによるコスト削減のイメージ

 実はこうした考え方は、目新しいものではない。英国政府が2013年に発表した「Construction 2025」では、コストで3分の1削減、工期で2分の1削減の目標を掲げている。2021年には中国で、わずか2カ月で11階建てのマンションが建てられたとのニュースが報じられているが、これはまさに英国の掲げている目標をクリアしている。その成功の要因としては、オフサイトコンストラクションであるDfMAの技術が使われているのではと推測される。

 技術的には、こうしたことを実現することは可能だ。ただし、設計事務所やゼネコンだけでなく、発注者を含めた全関係者が意識改革を行い、古い商習慣を打ち破り、協働でモノづくりを行うプロセス改革が不可欠。

 海外では、建物の設計・施工・運用プロセスに関する研究が進んでおり、その成果としてISO 19650が規格化された。日本ではまだ、このプロセスに関する研究が足りていないように感じる。現状のプロセスを調査したうえで、BIMやICTなどの最新技術をプロセスに導入することで、設計変更をなくし、フロントローディングを実現して、生産性を高める技術が駆使できる土壌を作るという研究が必要ではないだろうか?土壌がないのに、目先の技術ばかり作っても、枯れてしまうだけなので、もう少し土壌を作る研究が必要ではないだろうか。

★連載バックナンバー:

日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~

日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。

著者Profile

伊藤 久晴/Hisaharu Ito

BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。

近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。

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