「学者の国会」日本学術会議 6人の任命求め総理宛に文書提出へ
2020年10月2日 20時14分菅内閣発足
日本の科学者でつくり、政府から独立して政策の提言などを行う日本学術会議の会員について、推薦された人のうち6人を菅総理大臣が任命しなかったことを受けて、学術会議は2日、緊急に協議し、任命されなかった理由を明らかにするとともに、6人の任命を改めて求める文書を総理大臣宛てに提出する方針を確認しました。菅総理大臣は、2日午後6時すぎ、総理大臣官邸を出る際、記者団に「法に基づいて適切に対応した結果だ」と述べました。日本学術会議の会員は、昭和59年に、法律の改正によって、研究分野ごとの推薦に基づいて総理大臣が任命するという形式に変わり、当時の総務長官は参議院の委員会で「学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁しています。
日本学術会議 2日午前から緊急に協議
日本学術会議は政府から独立して政策の提言などを行う日本の科学者を代表する機関で、1日付けで就任する新しい会員として、学術会議は定数の半分の105人の候補を推薦するリストを提出しましたが、菅総理大臣はこのうち6人を任命しませんでした。推薦した学者が任命されなかった例は平成16年度に今の制度になって以降なく、日本学術会議は2日、会員が参加する総会や部会、それに幹部が出席する幹事会などを断続的に開いて緊急にこの件の協議を行いました。任命されなかった6人が所属する予定だった部会では参加した会員から次々と意見が出され「学術会議の会員は210人と、人数が法律で規定されているので現状は違法だといえる。任命しなかった理由の開示や任命の再考を求めたい」などと議論が交わされていました。そして、幹事会で任命されなかった理由を明らかにするとともに、6人の任命を改めて求める文書を総理大臣宛に提出する方針を確認しました。要望書の具体的な表現やどのように渡すのかなどについては、3日の幹事会でさらに検討したいとしています。幹事会を終えた日本学術会議の会長で東京大学の梶田隆章教授は「最終の案ができたので3日の幹事会で決めたいと思っている。総理大臣にはいろいろな形で学術会議の考えていることを伝えていきたい」と話していました。
早大 岡田教授「学術全体がゆがめられる」
任命されなかった6人のうちの1人で、早稲田大学の岡田正則教授が2日、NHKの取材に応じました。岡田教授によりますと、ことし8月下旬、日本学術会議の事務局から「会員候補者への選任及びご就任に当たっての諸手続きについて」と題した文書が届いたということです。文書には「令和2年10月1日から令和8年9月30日まで」という会員としての任期や、総会のスケジュールなどが記されています。ところが、先月29日の夕方、日本学術会議の事務局長から電話があり、「名簿に名前が入っておらず、総会に来てもらう必要がなくなった」と告げられたということです。岡田教授は「日本学術会議は、戦前の学問が国策に従い戦争を止められなかったことへの反省から、政府から独立した機関としてつくられた経緯がある。総理大臣が自分の裁量で任命しないという前提で、学術会議の独立性が担保されているのに、こうした立脚点を無視した今回の対応は法律違反に当たると思う。このままでは政府を批判するような人が除かれていき、学術全体がゆがめられる危険性がある」と述べました。さらに、政府が岡田教授ら6人を任命しなかった理由を説明していないことについて「『人事だから説明しない』といってブラックボックスにしてしまうのは国民を行政から遠ざけてしまい、大変、大きな問題がある」と話しました。
東大 宇野教授「これまで同様 信念基づき研究活動続ける」
任命されなかった6人のうちの1人、東京大学の宇野重規教授はNHKの取材に対し文書で回答を寄せました。この中では「まず、日本学術会議によって会員に推薦していただいたことに感謝いたします。日本の学術を代表する方々に認めていただき、これ以上の名誉はありません。一方、この推薦にもかかわらず内閣によって会員に任命されなかったことについては、特に申し上げることはありません。私としては、これまでと同様みずからの学問的信念に基づいて研究活動を続けていくつもりです。政治学者として、日々の政治の推移について学問的立場から発信していくことに変わりはありません」と記しています。そして「私は日本の民主主義の可能性を信じることを、みずからの学問的信条としています。その信条は今回の件によっていささかも揺らぎません。民主的社会の最大の強みは、批判に開かれ、常にみずからを修正していく能力にあります。その能力がこれからも鍛えられ発展していくことを確信しています」と結んでいます。
学術会議 梶田会長「独立して学問を基礎に発信するもの」
日本学術会議の会長で東京大学の梶田隆章さんは、2日午前、取材に対し、「学術会議は政府からある程度、独立して学問を基礎に発信するものなので、その基本が変わることがあってはならない」と述べました。
日本学術会議 第一部会で議論
この問題を受けて、人文学系の学者らでつくる日本学術会議の第一部会は2日午後、およそ50人の会員が参加して、部会として要望を行うか議論を行いました。第一部会は6人が所属する予定だった部会です。議論では、6人が任命されなかったことで定員の210人に達しない状況になることに対し、意見が多く出されました。会員の1人は「日本学術会議の会員は210人任命しなければならないとされている。人数が法律で規定された要件に達しておらず、現状は違法だといえる。任命しなかった理由の開示や任命の再考を求めたい」と発言していました。また「違法であるといった見解を明確にすべきだ。そして他の分野の学者でつくる第二部会と第三部会とも共有していくべきだ」といった意見も出されていました。一方、国への「違法という強いことばを使って表現を先鋭化すると、国などとの意識のかい離を招くおそれがある」などと要望を出す際の表現についても意見が出されていました。
第三部会も討論
日本学術会議の理工系の学者が所属する第三部会も2日午後、会員が集まり討論を行いました。会員からは、国に対して6人が任命されなかった理由を明らかにすることや、任命を改めて求めることなどについて賛成の意見が相次ぎました。また、「日本学術会議から声を上げるだけでなく、ほかのすべての学会や協会がスピード感を持って声明を出すべきだ」といった意見も出されました。第三部会の部長を務める東京大学副学長の吉村忍教授は「われわれが推薦した会員が任命されていないのは学術会議全体にとって大きな損失であり、できるだけ速やかに会員になってもらえるよう、できるかぎりのことをしていきたい」と話しました。
菅首相「法に基づき適切に対応」
「日本学術会議」が推薦した新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて、菅総理大臣は、2日午後6時すぎ、総理大臣官邸を出る際、記者団に「法に基づいて適切に対応した結果だ」と述べました。
加藤官房長官「総理大臣が法律に基づいて任命を行った」
加藤官房長官は、閣議のあとの記者会見で、「専門領域の業績のみにとらわれない広い視野に立って、総合的、ふかん的観点からの活動を進めていただくため、累次の制度改正がなされてきた。これを踏まえ、総理大臣の所轄のもとの行政機関である『日本学術会議』について、任命権者である総理大臣が法律に基づいて任命を行った。こうした説明を引き続き行っていきたい」と述べました。そのうえで、記者団が、「人事を見直す考えはあるか」と質問したのに対し、「推薦をしていただいた名簿からプロセスを経て任命させていただいた」と述べました。また、「任命しなかった理由を明らかにすべきではないか」という質問に対し、「当然、お話しできる話には限界がある。その中で、できるかぎりの説明を行っているし、引き続き、行いたい」と述べました。一方、加藤官房長官は、「当然、憲法に書いてある学問の自由は、しっかり保障していかなければならない」と述べました。また、午後の記者会見では、「しっかり説明をしていくことは大事だと認識している」と述べる一方、「政府として判断させていただいており、判断を変えるということはない」と述べました。
過去の政府答弁「拒否はしない 形だけの任命をしていく」
日本学術会議の会員は、昭和59年、法律の改正によって学者間での選挙で選ぶ方法から、研究分野ごとに候補者を推薦し、その推薦に基づいて総理大臣が任命するという形式に変わりました。この改正案をめぐり、昭和58年11月に開かれた参議院文教委員会で、当時の総理府の総務長官は、「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁しています。また、昭和58年5月に開かれた参議院文教委員会では、委員から「推薦された方を任命を拒否するなどということはないのか」と質問されたのに対し、当時の内閣官房総務審議官が、「実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません」と答弁しています。そして、「従来の場合には選挙によっていたために、任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむをえません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません」と答弁しています。そのあと、当時の内閣官房参事官は、「210人の会員が推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうに、この条文を私どもは解釈をしております。この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして、十分その点は詰めたところでございます」と答弁しています。そして、このあと答弁に立った当時の中曽根総理大臣は、日本学術会議について「独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません」と述べたうえで、「学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして、そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます」と述べています。
専門家「学問の自主性・自律性が損なわれた」
憲法が専門の東京大学の石川健治教授は「憲法23条の学問の自由の核心は、学問の専門ごとの自主性を守っていくことであり、政治的多数決とはなじまない。学術会議は学問の自主的な発展を守るために、その防波堤として用意されたもので、その会員の人選は専門的な評価に委ねなければならない」と指摘しています。そのうえで石川教授は「今回、会員の人選のルールが解釈で変更され、任命権者の判断でどうにでもなるということになれば、学問の自主性・自律性が損なわれたということになる。直ちに一人一人の研究者の学問の自由や一般国民の勉強する自由に影響するわけではないが、こうして防波堤が突破されると気がついたら大波が襲ってくることになる」と指摘しています。そして「専門的な判断に委ねざるをえない領域に政治的な多数派の考え方が入り込んでいくということは、ある一定の方向にしか学問ができないということになってしまいかねず、ゆくゆくは、政治的な多数派の考えではない考え方の人が意見を言えなくなっていき、人と違う考え方を持つことができない状態になっていくおそれがある」と話しています。一方、多数の行政訴訟に関わっている渡辺輝人弁護士は「学問の自由というのは非常に繊細なものであり、政治や権力が介入するととたんに壊れてしまうおそれがある。今回の問題をきっかけに日本の研究全体が萎縮して悪い方向に向かうのではないかと懸念している」と話しました。また、昭和58年の参議院文教委員会で当時の総理府の総務長官が「形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない」などと答弁していることについて、渡辺弁護士は「推薦された人はそのまま任命すると国会で約束しているのに、何の説明しないというのはあまりにも乱暴だ。当時の政府見解と矛盾していることについて国会で徹底的に討議し、そのうえで任命されなかった6人に対し速やかに任命の措置を取ることが必要だ」と指摘しました。
学術会議は「学者の国会」約87万人の科学者を代表
日本学術会議は「学者の国会」とも言われ、政府から独立して政策提言や科学の啓発活動などを行う国の特別な機関です。およそ87万人の科学者を代表していて、210人の会員からなります。任期は6年で、3年ごとに半数を任命します。その会員の任命手続きは日本学術会議法という法律によって定められています。この中では、「日本学術会議は規定に定めるところにより、優れた研究または業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦するものとする」と推薦の手順を定めています。そして、「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」としています。日本学術会議には3つの部があり、第一部には人文・社会科学、第二部には生命科学、第三部には理学・工学の科学者が所属していて、政府に対する政策提言、国際的な活動、科学者間のネットワークの構築、科学の役割についての啓発を主な役割として活動をしています。大臣などから諮問や審議の依頼を受けていて、自然災害の増大に対する社会の構築について答申をまとめたり、大型研究プロジェクトの見直しに関する回答をまとめたりしています。また、平成29年には、防衛省が大学などに研究資金を提供する制度を始めたことを受けて声明をまとめ、「軍事目的の科学研究を行わない」とするこれまでの声明を「継承する」と公表しています。
藤井 東大次期総長「コメントすべき立場でない」
日本学術会議の新しい会員に推薦されたものの、菅総理大臣が任命しなかった6人のうち、2人は東京大学や大学院の教授です。これについて、東京大学の次の総長に選ばれた藤井輝夫氏は、2日の会見で「事実関係について詳細を把握しておらず、現時点でコメントすべき立場ではない。次期総長としてのコメントは、考えがまとまったら適切に対応する」と述べました。そのうえで、学問と政治の距離について問われた藤井氏は「学問の自由ということに関しては、大学としての自律性や自己決定は重要で、それを通して世界の平和と人類、社会に貢献するということなので、大学の自律性は大事にしたい」と話しました。
湊 京大新学長「情報 すべて開示が必要」
日本学術会議の会員に推薦された人のうち6人を菅総理大臣が任命しなかったことについて、京都大学の湊長博新学長は2日の就任会見で「日本学術会議は政府から独立して科学者の立場から政府に対してさまざまな科学的な提言を行う組織だと理解している」と述べました。そのうえで湊学長は「具体的にどのようなことが起きているのか、報道で取り上げられている以上のことは知らない」と前置きしたうえで「学問の自由は保障されるべきであり、当然、政府とのやり取りなので何が起こってどうなっているのか、情報をすべて開示していただくことが必要になるだろう」と指摘しました。
日本医学会 門田会長「非常に重大な問題」
医学系の学会が加盟する日本医学会の門田守人会長は、広島市で開催されている日本癌学会のパネルディスカッションで「非常に重大な問題と感じている。学術団体の国会とも言えるような日本学術会議に対し、ああいった恣意的(しいてき)なことをやられるのが認められるのか分からないが、こうしたことに対してしっかりとした意見を言い、正しいのかどうか考えられる社会を作らないといけないと思っている」と述べ、懸念を示しました。