「知らないおじさん」は危険 警察が産業スパイ対策

岸田文雄内閣の重要課題である先端技術の海外流出を防ぐ「経済安全保障」をめぐり、関係機関の取り組みが加速している。警察当局は企業や研究機関に対し、具体的なスパイの手口などを解説し、個別相談にも応じたりするアウトリーチ(訪問支援)活動を精力的に展開する。

〝おじさん〟に注意

「1人で知らないおじさんについていかない」「SNSのアカウント名の真偽を確認する」

小学生への安全講和ではなく、実際に起きた産業スパイ事件の手口を基に警視庁が企業に呼びかける対策の一例だ。1月中旬、日産自動車本社ビルの一室で、警視庁公安部の増田美希子参事官が情報流出事件の手口を解説していた。

「ハニートラップ」という言葉が広く浸透し、突然近づいてくる外国人女性は警戒しても、日本語の堪能な外国人男性への警戒心は薄まるのだという。過去には通信大手社員が退勤時に偶然を装って話しかけてきたロシア人の男に営業秘密を渡した事件があった。この手口はほかの企業でも確認されている。

転職を検討している際に経歴などを載せたビジネス用SNSを通じて中国人からアプローチされ、情報漏洩(ろうえい)した事件も紹介。米英などでは頻繁に確認されている手口だという。

対策として、退勤時などに声をかけてくる〝おじさん〟についていかない▽SNSに経歴やプライベート情報は掲載すればするほどスパイを利する-などが挙げられた。

増田氏は、相手は訓練を受けたプロのスパイと強調し、「機微な情報に接することができる社員の外形的な変化を見逃さないでほしい」と呼びかけた。

全国で展開

同様の活動は大阪府警や愛知県警でも始まっている。かじ取りを担うのが警察庁だ。警察庁は令和2年に専門班を立ち上げ、今年4月に「経済安全保障対策室」を新設する方針だ。

スパイ事件などの蓄積がない県警でもできるよう警察庁は昨年、都道府県警の担当者に講習会を開催。活動方法を説明し、生かしてもらおうとしている。

警察庁の吉田知明氏は「最先端技術を取り扱う企業は全国にあり、警察庁が情報集約して均質的な情報提供体制を築く必要がある」と話す。

他省との連携にも力を入れる。昨年12月中旬には、一般社団法人「日本機械工業連合会」で、警察庁と経済産業省が合同でオンライン講演を実施。経産省は、法律を基に営業秘密の保護について解説。警察庁は経済安保をめぐる海外の動きについて過去の諜報事件を挙げながら紹介した。

ジレンマも

企業にとっても社をかけて開発した技術情報が盗まれるのは死活問題だ。企業によっては、経済安保専門の担当者を置いたり、社内情報システムの管理を徹底するなど対策に力を入れている。

警視庁のセミナーを受けた日産自動車の後藤収渉外担当役員は「自社の技術を守っていくのは当然のこと。経済安保については各企業とも同じ方向を向いている」とする。

一方で経済活動などへの影響は懸念材料だ。とくに中国との経済面でのつながりは深まり、日本の貿易に占める対中比率は過去最高となるなど、両国の関係は切っても切れない。各企業とも外国人社員は多く、特定の国を警戒することは優秀な人材を逃すことや外国人差別につながりかねない。

後藤氏は「中国は巨大な市場。失うことなく国益を守っていくのは非常に重要な経営課題」とし、「先端技術を悪用されないよう、オールジャパンで対策を進めていきたい」と力を込めた。(大渡美咲)

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