日本の自動車産業はEV開発で出遅れていても商機を失ったわけではない:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(2)(1/2 ページ) – MONOist

日本の自動車産業はEV開発で出遅れていても商機を失ったわけではない:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(2)(1/2 ページ)

オランダに育ち、日本ではソニーやフィリップスを経て、現在はデジタル加工サービスを提供する米プロトラブズの日本法人社長を務める今井歩氏。同氏が見る世界の製造業の現在とは? 今回は「自動車産業」に光を当てる。

[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長MONOist]

はじめに

 筆者がシカゴ郊外に住んでいた頃、米国はまさに“自動車の国”だと実感しました。クルマはまさに生活必需品。ほんの15分の通勤や買物でも、クルマがないと本当に不便でなりませんでした。そして、それだけではなく、クルマは米国の“建国の精神”や“自由の文化”とも深く結び付いています。どんなに遠くとも、たとえ深夜でも、クルマがあればいつでも好きなときに、行きたいところに行くことができます。思うままに移動できる。そんなところが、米国の自由の思想や個人主義の文化にぴったりとはまります。

 20世紀初頭、ニューヨークの5番街を走る乗物が、あっという間に馬車からクルマに置き換わった急速な流れも、このような文化背景を考えれば十分に納得できます。自動車の黎明(れいめい)期、米国では国も産業界も「全ての国民に自動車を届ける」というビジョンを抱いていたのではないでしょうか。Ford Motor(フォード)が標準化によって自動車の大量生産に乗り出したのは1908年のこと。やがて、その生産方式とビジネスモデルは消費社会における、あらゆる産業のプロトタイプとなり、自動車産業は世界各国で主軸産業に育っていきました。

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EVの登場で揺らぐ主軸産業

 しかし、その主軸産業が今大きく揺れています。その要因の1つになっているのが、電気自動車(EV)です。米国で自動車産業といえば、「GM/フォード/クライスラー」の“ビッグ3”がこれまでの常識でしたが、近年、その牙城が新興企業を中心とするEVメーカーによって崩され始めています。つい先日、Tesla Motors(テスラ)の時価総額が1兆ドル(約113兆円)を超え、GMとフォードの時価総額の合計を上回りました。これは、今後自動車産業が進む道を象徴的に示すものだといえるでしょう。

 EV以外にも、自動車産業の安眠を脅かすトレンドはあり、それは「CASE」と呼ばれています。すなわち、EVに代表される電動化(Electric)を含む、クルマのネットワーク化(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアリング/サービス(Shared/Service)の流れです。建設機械メーカーのコマツが、採掘現場などで稼働する自社のダンプトラックを無人化し、その稼働データを中央センターで一元管理して、保守効率化や燃費削減などに役立てているのをご存じでしょうか。この先進事例は、すぐそこに迫っている“自動車新時代”の先駆けといえるかもしれません。

 おそらく、コマツのことを“自動車産業の脅威”と見る人はほとんどいないでしょう。しかし、Apple(アップル)やGoogle(グーグル)、ソニーのような異業種企業が、EVや自動運転車の開発を真剣に考えていると聞けばどうでしょう? クルマが全てEVに置き換わるのが2040年、公道を走る自動運転車の数が7000万台を超えるのが2035年というような市場予測もあり、ガソリン車の終えんとともに自動車産業では今、急速なディスラプション(常識を破壊する新しい流れ)が進行しています。


図1 EVと自動運転車をめぐる市場予測[クリックで拡大] 出所:Proto Labs(プロトラブズ)

世界中で加熱する開発競争

 もちろん、既存の大手自動車メーカーがこうした状況をただ静観しているわけではありません。2020~2025年にかけてGMは350億ドル(約4兆円)、Volkswagen(フォルクスワーゲン)はそれを上回る420億ドル(約4.7兆円)をEV開発に投じるとしており、後者は2030年までに、6つの大規模な電池工場を欧州に建設すると発表しています。

 環境問題に敏感な欧州では、政府が補助金政策などでEV普及を後押ししています。また一方で、欧州の自動車大手はハイブリッド車(HEV)で日本の後塵を拝した苦い経験があるため、EV市場で失地回復をしようという思惑もあるでしょう。

 さらに中国を見ると、若いスタートアップ企業が入り乱れ、国内EV市場で熾烈(しれつ)なシェア争いを繰り広げています。2020年の統計資料によれば、EVの生産台数トップは中国で100万台、続いて欧州が72万台、米国が25万台です。では、日本はどうかというと、残念ながら遠く及ばず、わずか1万5000台。「HEVも数に入れるべきだ」と反論する方もいるかもしれませんが、純粋にEVに絞っていえば圧倒的に少ないというのが現状です。

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日本の自動車産業はEV開発で出遅れていても商機を失ったわけではない:異色の日本人社長が見た米国モノづくり最前線(2)(2/2 ページ)

[今井歩/プロトラブズ 日本法人社長MONOist]

車載電池とグリーン電力

 2021年9月、トヨタ自動車は2030年までにEVなどの電動車向けの車載電池開発に1兆5000億を投じると明らかにしました。過去、HEV/プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)、水素エンジン車などの開発に巨額な投資を行い、幅広く電動車をラインアップしてきたトヨタといえども、激しさが増すEV開発競争に勝つのはそう簡単なことではないでしょう。

 ご存じの通り、自動車産業はとても大所帯の産業です。機械系や電気系のパーツもさることながら、ボディーやシャシーに使われる鉄材、ウインドシールドなどのガラス材、内装用の樹脂部品、タイヤ、シーリングなどの化学素材、塗装材、さらにはGPSやセンサーなどの技術、そしてエンジンやクルマの挙動を制御する半導体とソフトウェアなど、実に多くの付随産業を従えています。それ故、“新しいこと”を始めるとなると、産業全体として膨大な投資を要しますし、その投資は必ず回収しなければなりません。

 また、もう1つ厄介な議論があります。「EVは本当にグリーンなのか」という議論です。車載電池は生産時に多くのCO2を排出するという点に加え、批判的な人々は「そもそも車載電池を充電する際の電力はどこから来ているのだ?」と問い掛けます。それが火力発電から来ているなら元も子もないだろうというのです。水素燃料の場合も、水から水素を取り出す際に電気分解を行うので、“真のグリーン”をうたうなら、そこで用いられる電気は風力や太陽光など、再生可能エネルギーであるべきでしょう。これはカーボンニュートラル政策にもつながる議論となります。

「生き残り」ではなく「成長」へ

 EVの普及率や研究開発投資から見て、日本は残念ながら世界から出遅れていますが、商機そのものを失っているわけではありません。まず足掛かりとして物流のトラックやタクシーなど、商用分野に狙いを付けて市場拡大を図るのが近道ではないかと、筆者は考えます。

 タクシー会社や物流企業は、国や業界によるインフラ整備を待たなくとも充電ステーションなどのインフラを自社展開できます。個人では無理でも企業ならそうした初期投資を事業で回収することが可能でしょう。

 また、パナソニックが車載電池の供給で存在感を示すように、日本の中小メーカーはEVのエコシステムの中で、部品サプライヤーとして頭角を現す可能性を秘めています。EV開発では、日本の中小メーカーが力を発揮できる製品分野がたくさんあるからです。


図2 EVがもたらす新たなエコシステム[クリックで拡大] 出所:Proto Labs(プロトラブズ)

 そのときに必要となるのが“デジタルマニュファクチャリングの力”です。これまでに培った職人技をデジタルの仕組みに落とし込み、良質な部品を誰よりも早く相手先に届ける力を得ることができるなら、その先に開けているのは、単なる生き残りの道ではなく、大きな「成長への道」だといえるでしょう。 (次回へ続く

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Profile

今井歩(いまい あゆむ)

オランダの工科大学で機械工学を学び、米国Harvard Business Schoolで経営学を修める。日本ではソニーやフィリップスに勤務し、材料メーカーや精密測定機メーカーの立ち上げにも関わり、現在はデジタル加工サービスを提供する米企業Proto Labs(プロトラブズ)日本法人の社長を務める。

⇒プロトラブズのWebサイト

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