【日本列島BIM改革論:第5回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(5)(1/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第5回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(5)(1/3 ページ)
建設費や工期の削減には、フロントローディングが必須となる。しかし、フロントローディングはBIMソフトを単にツールとして使うだけでは、到底実現できない。では何が必要かと言えば、発注者が自ら情報要求事項をマネジメントし、設計変更を起こさない仕組みを作り、意思決定を早期に企図しなければならない。これこそがBIMによる建設生産プロセス全体の改革につながる。今回は、現状の課題を確認したうえで、情報要求事項とそのマネジメント、設計段階でのバーチャルハンドオーバー(VHO)によるデジタルツインによる設計・施工などを前後編で解説し、発注者を含めたプロジェクトメンバー全体でどのように実現してゆくかを示したい。
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
設計変更を前提にしている日本の商習慣
日本の建設業界で発注者の役割とは、「諸条件を把握したうえで、要求事項をまとめ、それを発注条件として、設計・工事の発注・実施を行うこと」である。同時に、「品質・工期・コストについても要求事項として明示し、適切なものとなるように調整する役割」も担っている。
要求事項の整理は、詳細まで詰められない場合が多く、仕様や細かい部分は、設計や施工が始まってから調整すればいいという考えから、設計や施工の段階で、設計変更が多発することが常態化してしまっている。発注者は、コストや工期については、設計変更がよほど大幅なものでない限り、最初に決めておいた条件を崩すくことはまずない。だからこそ、常態化した設計変更の頻発に伴い、縛られた工期やコストのなかで、設計事務所やゼネコンの担当者は長時間労働に陥るケースが多い。
しかし、設計変更は、発注者側だけの問題ではない。日本では設計段階で、建材の品番を含む建物の詳細な仕様や納まりを決めていない。設計者にとって図面は、建物の全情報を詳細に示すものではなく、建物の基本的な平面計画や仕様などの考え方を示し、基本的なコスト計画および性能設計と、確認申請などの法規的な条件を満たす図面を作るところまでの仕事だと考えられている。建材については、同等品程度の性能指定で、詳細な納まりや細かい干渉などの対応は施工段階に委ねている。
★連載バックナンバー:
『日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~』
日本の建設業界が、現状の「危機構造」を認識し、そこをどう乗り越えるのかという議論を始めなければならない。本連載では、伊藤久晴氏がその建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオを描いてゆく。
それを受け、工事を請け負うゼネコンでは、少しでも利益を出すために、VE(Value Engineering)提案によるコスト削減や納期のギリギリまでメーカーや業者への価格交渉を行う。さらに、施工検討で発見される機器・部材の干渉などによる変更などにも調整しながら、工事を進めてゆく。こうした調整中にも、設計が決めていなかった部分の追加指示が来たり、発注者からの変更指示が発生したりする。この傾向は特に設備で多く、施工段階の設備サブコンでは、設計からの図面は参考程度と捉えられ、現場で一から設計しなおすことが多々ある。
このように、発注者の曖昧な情報要求事項を起点に、設計・施工で、建物を作りながら詳細を煮詰めてゆくというのが「日本の建設業の商習慣」である。
BIMによる設計変更への間違った期待
発注者やRevitなどのBIMソフトを使ったことがない関係者などは、「BIMに期待することとして、モデルを変更すれば図面も一元的に変更できるはずなので、設計変更にすぐ対応できる」と勘違いしている。
初期の企画設計段階であれば、そうだと言えるが、実は、実施設計以降のLOD300以上のモデルでの設計変更は、2次元CADよりも手間がかかるということは、RevitなどのBIMソフトユーザーであれば、誰もが同じ認識だろう。特に、LOD350の施工図段階での変更は、モデルの情報量が多いだけに簡単ではない。
例えば、下図のようにBIM FORUMのLEVEL OF DEVELOPMENT(LOD) SPECIFICATION2021では、LOD350は壁の開口部にあたる下地材(開口部を受ける軽鉄間仕切り)などをモデル化するとしている。建設業界では、間仕切りの開口部の位置を多少変えるぐらいは設計変更に相当しないと思われる方は多いだろうが、製造の観点からは設計変更の対象となる。
壁の情報詳細度(LOD)の考え方 出典:BIM FORUM LEVEL OF DEVELOPMENT (LOD) SPECIFICATION2021をもとに筆者作成
2次元CADによる設計変更は、図面自体の線と文字だけを変更すればよい。しかし、BIMソフトによる図面の変更は、BIMモデルの形状と属性情報を変更したうえで、図面化する方法のため、確実に作業量は増える。後追いBIMであれば、2次元CADで変更した部分を、リアルタイムにBIMの3次元モデルも変更する作業となり、大変手間が掛かる。また、後追いのBIMモデルは、干渉チェックなどの役割を果たせば、図面に追従できなくなり、参考程度のモデルに位置付けられてしまうことが少なくない。
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【日本列島BIM改革論:第5回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(5)(2/3 ページ)
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
そもそも、BIMモデルは、膨大な情報を内包するバーチャル上の建物自体である。従って、マクレミー曲線が示すように、初期の段階では変更も容易で変更コストも低いが、作業が進むほど、変更も難しく、変更コストも高くなる。つまり、早期の仕様決定ができるかできないかが、“プロセス改善”の鍵を握ると考えてよい。
詳細な仕様決定の時期によるマクレミー曲線
マクレミー曲線を、仕様決定の時期という観点で考えてみると、早期に仕様決定できた場合と、施工中まで仕様が決定しない場合で、作業量が大きく近く違うことを示している。
以前、施工段階でBIMによる施工図にこだわった取り組みを何度か行った。しかし、現場では、毎日のように変更が起き、施工モデルの修正が必要となった。結局その変更に対応できなくなってしまい、施工図を全て2次元CADに変換せざるを得なくなった。その当時は、同様の試みを何件か手掛けたが、結果的にどの物件でも、完全な施工図BIMにたどり着くことはできなかった。つまり、施工BIMのモデルは頻繁に起こる変更には追従できず、BIMモデルと図面との整合性はなくなるため、2次元CADにバトンタッチした瞬間にBIMモデルは施工の参考程度のモデルとなってしまう。
現場で大きく変わらないのは、基礎や鉄骨の躯体ぐらいだろう。しかし、仕上げに絡む雑鉄骨などは、頻繁に変わり、かつて試行した鉄骨製作図のBIM化でも、散々な結果になったことがある。
経験を踏まえると現状では、施工BIMは施工計画や施工検討、納まりの確認程度に終わってしまい、完全な施工図BIMモデルで施工するのは、難しいと言わざるを得ない。設計者や発注者が初期段階からともに取り組んで始めて実現するのだ。
設計段階のバーチャルハンドオーバー(VHO)の意義
マクレミー曲線では、基本設計段階での作業量は増える。これは、基本設計段階で詳細な仕様決定を行うことを示しており、2次元CADが主体ではできない。全ての情報を書き切ってはいない2次元の図面から立体的な形状を想像して判断するのは、発注者には不可能だ。そのため、建物が完成したときのイメージが必要で、詳細なBIMモデルを作っておけば、CGやVRなどの技術を用いて、建物のイメージを詳細に確認することも可能になる。
従来は1枚の完成予想パース(CG)を作成するのに、1週間以上の時間を要した。BIMモデルがあれば、その場でパースを起こしてチェックできる。このような技術があるのに、発注者・設計・施工者も、2次元CADを主体とする既存プロセスを変えようとせず、BIMを便利なツールという位置付けにしているだけで、仕様の決め込みに使おうとはしていない。繰り返しになるがICTやBIMは便利なツールではない。こういったプロセスを変えるために必要な“テクノロジー”である。
例えば、設計段階で、全ての仕様を決め、そこをバーチャルハンドオーバー(VHO:仮想引渡し)として、ヴァーチャル上の建物は設計段階で引き渡すとすればどうだろうか?
もちろん、それ以降に設計変更が起きた場合には、VHO後の設計変更として、コストと工期が改めて発生するという考え方である。このような前倒しのプロセスが実行できれば、発注者をはじめ、関係者全員が真剣にCGやVRなどであらかじめ確認し、少しでも設計変更の起きないように気を配るはずだ。まさにこれが、フロントローディングというものであろう。
バーチャルハンドオーバーと引渡し(ハンドオーバー)の関係
もし、設計段階でVHOを行えたら、デジタルツインの仮想上のモデルとみなし、これをもとに実際の建物を建設してゆけばよい。まさに、デジタルツインによる施工が実現する。VHOが早期に実現し、引渡し(HO)までの期間が長ければ長いほど、部材の施工までのリードタイムが十分に確保できる。そうなれば、施工方法・施工手順・安全計画などで十分な検討がなされるために、コスト・工期・安全などの本当の意味での効果が表れるはずだ。
→次ページ発注者の情報要求事項をどのように、早期に決め込めばよいか
【日本列島BIM改革論:第5回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(5)(3/3 ページ) – BUILT
【日本列島BIM改革論:第5回】“発注者”が意識すべきフロントローディング(前編)―設計段階で引き渡す「VHO」がなぜ必要か:日本列島BIM改革論~建設業界の「危機構造」脱却へのシナリオ~(5)(3/3 ページ)
[伊藤久晴(BIMプロセスイノベーション),BUILT]
DfMA(Design for Manufacture and Assembly)を例にとると、現場ではなく工場で部材を製作し、現場でそれを組み立てるという考え方が軸になっているが、もし設備機器も含め、壁や床などの構成部材を工場で完成したユニットとして作っていたら、現場での変更は一切できない。そのため、発注者の要求事項による仕様決定や納まりの確認などは、工場の製作時には決定しておかなければならない。もし設計変更があれば、工場の部材を破棄して作り直さねばならず、膨大な費用と工期が生じてしまう。だからこそ、設計段階の関係者が一丸となり、フロントローディングのための作業にあたることが前提となる。
もちろん、こういったプロセスが全ての建物に当てはまるわけではない。機能や性能重視の製造業的な建物ではなく、デザイン重視の芸術的な建築物は、こういったプロセスに向かない。作りながら考えて変更を繰り返すような芸術作品を建築物に発注者が要求するなら、設計段階のVHOに挑戦する必要はない。そのあたりも、発注者は明確にしておく必要がある。
では、発注者の情報要求事項をどのように、早期に決め込めばよいのかを考察してみよう。
発注組織による情報要求事項のマネジメント
建物を作る上でのステークスホルダー(意思決定権者)は、事業主とか地主とかの、初期段階から決まっている者だけではない。地主や事業主以外に、建物利用者や建物に入るテナント、竣工後の維持管理などを担当する業者などが想定される。彼らは、建物を使って何らかの業務を行うので、関係者となった段階で、ステークスホルダーとして要求を出す側になる。法的要求事項を出す立場も考慮すると、確認申請などの審査機関などもステークスホルダーの側に入るだろう。
こうしたステークスホルダー全体を「発注組織」と呼ぶ。さらに、ステークスホルダーとなる発注組織による要求事項の整理と調整を、「情報要求事項のマネジメント」と称する。現状は、新たなステークスホルダーが出てきた段階で、設計事務所やゼネコンが意見を聞いて、設計変更などで対応していることがほとんど。
しかしここで発注組織が、“情報要求事項をマネジメントする”という考えが必要となる。それは、ステークスホルダーのそれぞれの要求事項を、設計事務所やゼネコンではなく、発注組織が自らできるだけ前倒しに、整理と調整を行うことである。そうなれば、事業主や建物利用者に加え、発注するステークスホルダーとなるテナントや維持管理業者などもできるだけ早期に考慮して、情報要求事項をまとめておく方がよいということになる。
後編では、発注組織がマネジメントする情報要求事項とはどのようなものか、ISO 19650-1を参考に、鳥取県のゼネコンとの共同研究なども交えながら論じたい。
<後編へ続く>
著者Profile
伊藤 久晴/Hisaharu Ito
BIMプロセスイノベーション 代表。前職の大和ハウス工業で、BIMの啓発・移行を進め、2021年2月にISO 19650の認証を取得した。2021年3月に同社を退職し、BIMプロセスイノベーションを設立。BIMによるプロセス改革を目指して、BIMについてのコンサル業務を行っている。また、2021年5月からBSIの認定講師として、ISO 19650の教育にも携わる。
近著に「Autodesk Revit公式トレーニングガイド」(2014/日経BP)、「Autodesk Revit公式トレーニングガイド第2版」(共著、2021/日経BP)。