IoTとAIで実現する“社員の幸せ”と“生産性向上”を両立する働き方改革:データのじかん(1/3 ページ) – ITmedia エンタープライズ

IoTとAIで実現する“社員の幸せ”と“生産性向上”を両立する働き方改革:データのじかん(1/3 ページ)

働き方改革を正しく評価するには、削減した残業時間やテレワークの回数をはかるだけでなく、「会社や社員にとって良い結果をもたらす行動につながったかどうか」を見極めることがカギになる。その成果をはかる方法とは?

[データのじかんITmedia]

「データのじかん」とは

データの面白さ、データのためのテクノロジー、データを活用するためのアイデアを分かりやすく紹介する情報サイト。

本記事は「データのじかん」に掲載された「「IoTとAIで実現。 社員の幸せと組織の生産性向上を両立する働き方改革」を編集して掲載しています。

 今、プロジェクトや専門部署を立ち上げて働き方改革に取り組む会社が増えています。そこで課題になるのが、「改革の成果をどう評価するか」。どれだけ産業時間を減らせたか、何回、テレワークを実施したのか――といった、“取り組むこと自体が目的化したような目標設定”に違和感を覚える人も多いのではないでしょうか。

 背景にあるのは、「その目標が本当に会社や社員にとって良い結果をもたらすのだろうか?」という疑問でしょう。

 今回、紹介する日立製作所(以下、日立)の「Hitachi AI Technology/組織活性化支援サービス」(以下、組織活性化支援サービス)は、そんなモヤモヤを晴らすべく生まれたサービスです。

 同社の田島裕史さん(サービスプラットフォーム事業本部 IoT・クラウドサービス事業部 アプリケーションサービス第2本部 次世代AI開発部 主任技師)と松永翔悟さん(システム&サービスビジネス統括本部 プラットフォームソリューション営業統括本部 パートナービジネス第二営業本部 特定パートナー推進プロジェクト)に話を聞きました。

「いきいきした組織は生産性が高い」ことをデータで裏付け

 組織活性化支援サービスは、名札型のウェアラブルセンサーで収集した従業員の行動データを基に、組織活性度やコミュニケーションの状態を可視化するとともに、AI(人工知能)によるデータ分析を行い、組織をよりよい状態にするための施策を提案するサービスです。

 利用者のプライバシーに配慮し、名札型ウェアラブルセンサーには音声やGPSによる位置情報などを記録する機能はありません。活用しているのは、加速度センサーと赤外線センサーのみですが、それでもさまざまなことが分かるのです。

 このサービスの一番の特徴は、加速度センサーで取得した従業員一人ひとりの無意識の身体の動きの情報から、組織がいきいきしている度合いを表す「組織活性度」を導き出す点でしょう。

 日立では2004年頃ごろから、人の身体の動きと幸福感との関係を研究し、そこに相関があることを突き止めました。

 「気分が良いときや集中できているとき、人は無意識に細かい動きを長く続けるという傾向があり、さらにその動きに多様性があるんです。長く動き続けて、一瞬止まって、短く動いて、また止まって、また長く動いて……、というように、いろいろな動きが続くのが、活性度が高い状況です。逆に、ストレスがかかって活性度が下がると、なかなか長く動き続けることができず、単調な動きになるんですよ」(田島さん)


名札型ウェアラブルセンサーを身に付けた従業員の行動データを基に、組織活性度を数値化できる

 名札型ウェアラブルセンサーでは、1秒間に50回(20ミリ秒に1回)、身体の動きを計測することで、タイピングやうなずきなどの小さな動きも検出します。勤務時間中ずっと計測を続けることで、組織活性度の推移が分かるのです。

 同社の実証実験では、「組織活性度が高い状態だと、組織の生産性が高い」という結果を確認できました。

 実証実験では、電話をかけて商品やサービスを売り込むコールセンターのオペレーターに名札型ウェアラブルセンサーを付け、組織活性度と受注率の相関関係を調べました。すると、組織活性度が高い日は、そうでない日と比べて34%も受注率が高いという結果が出たのです。

 ただ、これだけでは組織活性度が高いから受注率が上がったのか、受注率が高いから組織活性度が上がったのかが分かりません。そこで、オペレーターを2つのグループに分け、1つのグループは同世代の4人グループで一緒に休憩を取ってもらい、もう1つのグループは何もしない、という追加実験を行いました。

 すると、前者のグループは休憩時間中に会話が弾んで組織活性度が上がると同時に受注率も上昇、後者のグループは組織活性度も受注率も変化なし、という結果が得られました。つまり、組織活性度が上がると受注率が上がるという関係が確認できたのです。

どうしたら組織活性度が上がるのか?

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IoTとAIで実現する“社員の幸せ”と“生産性向上”を両立する働き方改革:データのじかん(2/3 ページ)

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 組織活性度と生産性との関係が分かったら、次にポイントとなるのは「どうしたら組織活性度が上がるのか」ということでしょう。

 組織活性化支援サービスでは、組織内の会話に注目しています。

 名札型ウェアラブルセンサーでは、赤外線センサーを使って、それを付けている人同士が向かい合ったことを記録します。また、会議室などにあらかじめ赤外線ビーコンを設置しておくことで、同時刻にその場所にいた人たちの情報も記録できます。

 「誰と誰が一緒にいた」という情報と、各自の身体の動きの記録が組み合わさると、誰と誰がよく会話をしているかということや、人によって話し手と聞き手どちらに回ることが多いか、といったことが見えるようになるのです。


部署内や部署間でのコミュニケーションの有無や量を可視化した例


組織内の上司・部下間や同僚同士の会話の質の可視化イメージ

 田島さんによれば、このサービスに興味を持つ企業の中には、自社内のコミュニケーション不全に課題を感じているケースも多いそうです。

 「皆さんは仕事でメールを使いますよね。それが行き過ぎて、何でもメールで済ませる傾向に悩まれている経営層の方は多いんです。隣の人にひとこと言えば済むようなことも、全部メール連絡になってしまっている。そうなると、その場で聞けばすぐに分かるようなことでも考え込んでしまったり、すぐ近くに同じことをやっている人がいることを気付かずに余計な仕事をしてしまったり……。そんな非効率を解消するために、もっと横のつながりを醸成したいと、このサービスの導入を相談されることがあります」(田島さん)

 また、ある企業では、社員たちがトップダウンの指示によって動き、ボトムアップの提案が少ないという社風を抜本的に変えるという目的を持って組織活性化支援サービスを導入したそうです。

 7つの本部に属する180人が1カ月間、名札型ウェアラブルセンサーを身に付けて行動データを取ってみたところ、本部をまたいだ役員同士の会話は多いものの、部長同士や課長同士の会話が少なく、各本部が担当役員の指示によって動くというトップダウンの傾向が実際に確認されました。

 また、社員が話し手ではなく聞き手に回っている時間が多い方が、組織活性度が高いという結果も出ました。これは、自分で提案するよりも指示されて動く方が安心して仕事に集中できる社員が多いということです。

 この結果を見て、「今後も社員たちが気持ちよく仕事に集中できるよう、明確な指示を与えることにしよう」という考え方もできるかもしれませんが、この会社は違いました。これからは部門を超えた横のつながりの中からボトムアップの提案が出てくるような組織に変えていこうという意思のもと、企業文化を変えるための施策を実行したのです。

 具体的には、本部間のコミュニケーションを役員から部課長に委譲したり、会議の出席者を最低限に絞った上で全員が発言することを徹底したりして、話し手と聞き手が固定化せずに双方向のコミュニケーションが生まれるように仕向けていきました。

 その後にもう一度、行動データを取得したところ、部課長レベルで本部を超えた会話が増え、社員同士の会話も双方向型のものが増えるという効果が見られたそうです。

膨大なデータとAIがあるからできること

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膨大なデータとAIがあるからできること

 さきの事例からは、施策を実施して組織がどのように変わったかを確認するのに、名札型ウェアラブルセンサーで取得した行動データが非常に役に立っていることが分かります。それがなければ、社員にアンケートを取るなどして効果の有無を測ることになるでしょうが、どうしても感覚的な判断になってしまいます。

 組織活性化支援サービスでは、1グループあたり10人以上の組織で最低4週間に渡って計測を行うことが有用な施策を導き出す条件となっています。勤務時間中ずっと、身体の動きと対面情報を記録しているので、1カ月に渡って得られるデータは膨大な量になります。その分析に欠かせないのがAIです。

 得られた行動データをAIで分析すると、例えばこんな具体的な提案が出てくるのだそうです。

  • 「部長は部下と短い会話を1日8回以上行うことが、組織の活性化に効果的」
  • 「課長は部下や同僚と会話の時間を1日24分以上確保し、活発なディスカッションをすることが、組織の活性化に効果的」

 AIを使うことの利点について松永さんは、分析の速さと、バイアスのなさにあると言います。

 「人が分析するよりも速いのでPDCAを回しやすいですし、人が分析するにはどうしても仮説が必要なので意外な結果は出にくいですが、AIは膨大なデータの中から相関を見つけるので、今まで気付かなかった施策が出てくる可能性があるんです」(松永さん)

 例えば日立社内で行った実証実験では、いわゆる「飲みニケーション」は一見すると組織の活性化に効果がありそうで、実はそうでもないことが分かったそうです。

 「若手にとっては、飲みに誘われることがむしろストレスになり、組織活性度が下がってしまったようです(笑)」(田島さん)

より多くの現場で活用できるサービスを目指して

 松永さんによると、世間で働き方改革の機運が高まる中、この組織活性化支援サービスで何かできないか、と考える企業も増えているといいます。しかし、このサービスは、「導入すれば一挙に改革が進む、という類のものではない」点には注意が必要です。

 「これはわれわれからお客さまに一方的にご提供するサービスではありません。お客さまの組織にどういう課題があって、どういう方向に進みたいかということを一緒に考え、二人三脚で進めていくような形でご支援できればと考えています」(松永さん)

 「もし『組織のここにコミュニケーションの課題があるのでは?』という認識があれば、それが正しいのかどうかを行動データを使って検証できるかもしれません。そういう場合は、われわれがお手伝いできればと思います」(田島さん)


ウイングアーク1st大阪支社の実証実験の様子(2017年8月)

 抱える課題と進みたい方向は企業によって異なります。さまざまな顧客と二人三脚を繰り返していくことで、同サービスにも知見、データがたまり、今後の顧客課題の解決に生かされていくのでしょう。

 日立では、行動データをリアルタイムに収集、分析し、社員のスマートフォンアプリを通じて組織活性度向上に有効なアドバイスを提供する実験も行っているそうです。まだ顧客向けに提供するには課題が残っているものの、近い将来はより高速にPDCAを回しながら組織の生産性を上げていくことが可能になるとみています。

左: 日立製作所 田島裕史さん(サービスプラットフォーム事業本部 IoT・クラウドサービス事業部 アプリケーションサービス第2本部 次世代AI開発部 主任技師 / 右: 日立製作所 松永翔悟さん(システム&サービスビジネス統括本部 プラットフォームソリューション営業統括本部 パートナービジネス第二営業本部 特定パートナー推進プロジェクト)

【取材・執筆:やつづかえり】

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